国指定史跡

怡 土 城 跡

(いとじょうあと)

 

前原市大字高祖・大門・高来寺

 

怡土城の範囲(奥は博多湾)

 

 怡土城は前原市と福岡市との境にある高祖山(標高416m)の西斜面一帯に築かれた古代山城です。『続日本紀』によると、天平勝宝8年6月(756年)から神護景雲2年2月(768年)まで約12年の歳月をかけて完成したとされています。築城担当者は当初は吉備真備でしたが、途中から佐伯今毛人に交代し完成しました。
 築城時をしのぶ遺構としては8ケ所の望楼跡、山裾には南北約2kmにわたる土塁が確認されています。しかし、肝心な城郭内の施設についてはよくわかっていません。

 

山裾に築かれた土塁 第五望楼跡

 

 怡土城の特色の第1点は国の歴史書にその築城の担当者とその期間が明確に記録されていることです。また第2点として中国式山城の築城法が採用されていることです。怡土城は高祖山の急斜面から平地部にかけて「たすき」状に城郭を形成しており中国式山城に似ています。この背後には遣唐使として2度にわたって中国に渡海し、特に兵法に長じた吉備真備の存在を切り離して考えることはできません。
 怡土城は部分的な発掘調査の結果、9世紀初めまでは「城」として機能していたようですが、いつ頃廃城になったのかは不明です。このことを含め怡土城については不明な点が多いのですが、少なくともその後、廃城になった怡土城を再利用して中世山城の「高祖城」が築城されたことは当地の軍事的重要性と怡土城の「城」としての機能が優れていたことを証明していると言えます。

怡土城址の石碑  

 

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