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#1219/1770 研究室「パンドラの箱」 ★タイトル (QYA33902) 96/10/15 23:13 ( 85) ニツコー>66Q&A3番              三鷹板吉 ★内容 3.サイモン・ウィーゼンタールは著作の中で一度「ドイツ本国には絶滅収容所は   無かった」と述べているのか? *IHRの主張(オリジナル版)  そうだ。1975年4月に出版された「本と読書人」で、彼はユダヤ人の「ガス殺」 はポーランドで行なわれたと主張している。 *IHRの主張(改訂版)  そうだ。この有名な「ナチ・ハンター」は1993年1月24日の「スターズ・アンド ・ストライプス」でそう書いている。彼はユダヤ人の「ガス殺」はポーランドでの み行なわれたとも主張している。 *ニツコーの回答  どちらの回答もそれ自体に間違いはない。すなわち、1975年と1993年にウィーゼ ンタールは実際に、現在のドイツ領には絶滅収容所は無かったと述べている。オリ ジナル版から改訂版への変更は無害なもののように見えるが、それは読者を以下の ような憶測へと導くものである。すなわち、もっとも新しい学説では、ホロコース トはそれまで主張されてきたよりずっと限定されたものだったという、一種の容認 がなされており、真実がついに明るみに出たのだ、と。事実、ウィーゼンタールな どの説は歴史学者の学説を根拠としているのだが、ホロコースト否定者は、自分た ちの圧力によって歴史学者たちは不承不承ながら真実を明らかにするようになった のだ、と主張している。  真実は以下の通りである。すなわち、歴史学者たちや、他にもウィーゼンタール のような人々は、繰り返し多年に渡って、ホロコーストに関するいくつかの神話を 打破しようと試みてきた。人間の脂肪で作られた石鹸の大量生産という神話が、良 い例である。  彼らが打破しようとしてきたもう一つの誤った概念は、大規模なユダヤ人絶滅が ドイツ本国内で行なわれたというものだ。−−より正確には「旧帝国領(Altreich) 」つまり第2次大戦以前のドイツ領内で。旧帝国領内にも実際にガス室はありガス 殺人が行なわれたのだが、それはナチ占領下のポーランド領内の収容所…ベルツェ ック、ゾビボール、トレブリンカ、ヘウムノ、マイダネク、それにアウシュビッツ ・ビルケナウ…におけるガス殺と比較すると、ずっと小規模なものだったのだ。そ のほとんど全員がユダヤ人である約300万人が、これらポーランド領内の収容所で ガスにより殺された。旧帝国領内の収容所でガス殺されたのは、おそらく数千人程 度だろう。1万人以下であることはほぼ確実である。それら、ザクセンハウゼン、 シュトゥットホフ、ノイエンガンメ、ラーフェンスブリュックのような旧帝国領内 の強制収容所における「小規模な」ガス殺は別として、「安楽死」計画によって、 10万人以上の人々の命が奪われたということは、広く認められている。その犠牲者 の大多数は、ユダヤ人ではなかった。  ナチスがドイツ国外に絶滅収容所を建設した理由として、最低二つが挙げられる だろう。第一に、より容易にドイツの一般民衆から絶滅収容所の存在を隠すことが できた。旧帝国領の周辺地域は戦時下の混乱の中にあったので、よりたやすく隠せ たことだろう。  2番目に、殺されたユダヤ人のうちのかなり多くは、ナチが占領したドイツ東方 や南方の地域の出身だった。彼らをわざわざドイツ本国に運びこむ余計な面倒をか ける必要があったのだろうか? (疑問1の最後の人口統計を見よ)  ホロコースト否定者による承認として提示されていないのは、ウィーゼンタール の最新の「主張」(三鷹注:「スターズ・アンド・ストライプス」1993年1月24日) は、おそらくはミュンヘンの現代史研究所が1950年に言い始め、その後45年間、尊 敬すべき歴史学者たちが言い続けてきたこととまったく変わらない、ということだ。 それなのにウィーゼンタールの主張のみを選び出して取り上げることは、不作意と あてこすりによる嘘以上の何物でもない、と言ってよいだろう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− *三鷹の感想  ホロコースト否定者が「歴史学の定説はこう言っている」などと言い始めたら、 マユにツバをつけた方が良いようです。歴史学者の誠実な研究の成果を悪用するの が彼らの常套手段です。「ドイツ国内に絶滅収容所はなかった」という結論のみを 切り取って、「ドイツ国内にガス室などなかった」と意図的に曲解してみたり、 「定説の重大な変更がなされた」と見当違いの非難をなしてみたり。  歴史学者の目的は「事実の追求」です。より正確な歴史像を再現すべく、彼らは 日夜努力し、時には研究者間で論争も行なわれています。論争の場合も、相手の主 張を正確に理解した上で反論をなすことが当然要求されます。  対して否定者の目的は「ホロコーストの否定」でしかなく、それ以上でも以下で もありません。否定者は「正確な歴史像」を構築する努力などするつもりがありま せん。単に「ホロコースト」という文字を墨で塗り潰せば目的は達せられるのです。  だから否定者は歴史学者の主張を「正確に理解」しようともしません。研究者間 で意見の不一致があれば「定説はいい加減であやふやだ」と攻撃し、より新しい研 究により訂正がなされれば「定説が今まで言ってきたのは嘘だったのだ」と騒ぎ立 てる。そう攻撃することにより、世間一般の人々に歴史学者への不信感を植え付け ようとしているのです。歴史学者の多くが、彼らとの「論争」さえ拒否するのは、 当然とも言えましょう。