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#1224/1770 研究室「パンドラの箱」 ★タイトル (QYA33902) 96/10/17 23:48 ( 44) ニツコー>66Q&A7番              三鷹板吉 ★内容 7.誰がどこにいつ最初の強制収容所を設立したのか? *IHRの主張  西欧世界において最初に強制収容所が使われたのは、明らかに独立戦争中のアメ リカにおいてである。イギリス軍は何千人ものアメリカ人を拘禁し、その多くは病 気と殴打によって死んだ。アンドリュー・ジャクソンとかれの兄弟−−彼らは死ん だ−−の場合は両方だった。後にイギリス軍は、南アフリカに強制収容所を設立し た。その目的は、イギリスが南アを征服する間(ボーア戦争)に、アフリカーナー (オランダ系移民)の女性と子供を捕らえておくためだった。これらの地獄穴で何 万人もが死んだ。これは、第2次大戦中のいかなるドイツの強制収容所と比べても、 ずっと悪い。 *ニツコーの回答  ホロコーストの問題とは無関係なもの。最後の一節のみは別だが、それは不合理 である。ホロコースト否定者でさえ、数十万もの囚人がナチの収容所で死んだこと を認めざるを得ない。−−疑問36への答えを見よ。これもまた内的矛盾である。  IHRはナチスの犯罪を、他の悪行と比較することによって、ごまかしてしまい たいと望んでいるのだ。我々は、この倫理相対主義に与するつもりはない。我々は ナチスについての歴史的事実を提示し、読者に自分の心できちんと考えてもらいた いだけなのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− *三鷹の感想  しかし、歴史を学ぶ者にとって「倫理相対主義」の誘惑は、抗することがきわめ て困難なものである、と三鷹は考えます。歴史学に魅かれる者にとって、歴史とは 無味乾燥な諸事実の単なる堆積ではなく、どんな小説より映画よりすばらしく魅力 的な「物語」だからです。専門研究者においても程度の差はあれ同様でしょう。  「物語」である以上、必ず「倫理」の影が射します。物語る者も語られる者も等 しく「人間」であり、人間は倫理無しでは生きていけない生き物だからです。彼の この行為は正義か否か、との問い掛けは常に話者と読者双方に投げかけられます。 主人公への肩入れの度合いが強ければ強いだけ「正義なり」と断言したい誘惑に襲 われます。彼が我らの同胞であり父祖であったなら、なおさらのこと。そこで登場 するのが倫理相対主義の誘惑。千人の敵を奸計をもって殺した主人公ならば「敵は かつて同様に万人を殺し、その過半数は女子供だった」云々と。  神ならぬ人の子は倫理相対主義から無縁ではいられない、と自覚し自戒するのが 肝要でしょう。もちろん「我が父祖は正義なり」の陰画でしかない「我が父祖は不 正義なり」という「倫理」についても同様です。