| [次] | [前] | [もくじ] | 本 棚 | トップ |

#1240/1770 研究室「パンドラの箱」 ★タイトル (QYA33902) 96/10/30 4:57 (115) ニツコー>66Q&A26番              三鷹板吉 ★内容 26.ヒトラーがユダヤ人の大量虐殺を命令したという証拠は何かあるのか? *IHRの主張  ない。 *ニツコーの回答  もちろんある。ヒムラー、アイヒマン、ヘスその他は、ジェノサイド命令が直接 ヒトラーから下されたと言っている。 ●ヒトラーが、363,211人のユダヤ人が1942年の8月から11月までに殺されたと述べ るヒムラーからの報告書を、1942年12月に受け取っていることについて考えてほし い。これは、東部戦線後方でユダヤ人とナチス反対者の絶滅を任務としていたアイ ンザッツグルッペン(特殊部隊)からの多数の報告書の、ほんの一つにすぎない。 この報告書の写真と訳文がニツコーで入手可能である。 ●あるいは、ヒトラーからヒムラーへの、ある電話の記録について考えてほしい。 その電話の中でヒトラーは、ある特定の一列車分のユダヤ人を「根絶するな」と命 令している。乗客の一人にナチが嫌疑をかけていて、尋問することを望んでいたか らだ。もしもヒトラーが「根絶プロセス」のことを知らなかったのなら、どうして この依頼一つでプロセスを止めることを命令できたのだろう? (皮肉なことに、 デビッド・アービングは、この電話記録の一部を文脈から切り離し、ヒトラーが絶 滅計画の中止を試みたことを示すために利用していた。もちろん、これはアービン グ氏が心変わりし、絶滅計画など存在しなかった、ましてヒトラーがそれを知って いたなどとは、と決めつける以前のことである) ●ヘス回想遺録より(ヘス「アウシュビッツ司令官」 1959年 p.205)    1941年夏、正確な日付は思い出せないが、私は突然SS国家長官(ヒムラー)   から召喚された。彼の副官事務室から直接にだ。いつもの習慣とは違って、ヒ   ムラーは副官の臨席なしで私に会い、そして以下のようなことを言った。    「総統は、ユダヤ人問題は一度かぎりで解決されるべしと命令された。そし   て我々SSは、この命令を実行すべし、と」 ●アイヒマンが死刑判決を受けた後の法廷での最終弁論は、以下の陳述を含む。    これらの大量殺人は、ただひとえに、総統の命令の結果である。  これはリビジョニストのポール・ラシニエが引用している通りである。(「本当のア イヒマン裁判」 1979年 P.152) ●フェリックス・ケルステンはヒムラーの個人的な臨床医だった。彼が回顧録で書 いているところによれば…(ケルステン「ケルステン回顧録」 1956年 p.162-3)    今日、私はヒムラーと、ユダヤ人について非常に長く話し合った。私は、世   界はこれ以上ユダヤ人の絶滅を黙許しないだろう、と言った。ヒムラーがそれ   を止める潮時だろう、と。ヒムラーは、それは自分の権限を超えている、と言   った。自分はそれを特別に命令した総統でもアドルフ・ヒトラーでもないのだ、   と。私はヒムラーに、歴史がいつの日かあなたをユダヤ人絶滅の件で記録的な   大量殺人者の一人として槍玉に上げるだろうということに、気がついているの   かどうか訊ねた。ヒムラーは自分の世評について考えるべきであり、それをこ   の非難で汚されないようにすべきだ。ヒムラーは、自分は何も間違ったことは   していない、ただアドルフ・ヒトラーの命令を実行しているだけだ、と答えた。   ……私はヒムラーに、ユダヤ人や強制収容所の他の犠牲者に対して人間性を示   すことにより、あなたが歴史において善玉となるチャンスがまだあるのだ、と   言った。−−もしあなたが実際に、彼らを絶滅せよとのヒトラーの命令に同意   しないのであれば。ヒムラーは総統の命令のいくつかを単に忘れ、実行しなけ   ればいいのだ。「おそらくあなたは正しいのだろう、ケルステンさん」と、ヒ   ムラーは答えた。だがヒムラーは、もし自分がそうしたならば、総統は自分の   ことを決して許さず、即刻絞首刑に処すことだろう、と付け加えた。  ヒトラーは1941年11月28日、ムフティのハジ・アミン・フセイニと会見した。こ の会見は、パウル・オットー・シュミデト博士によって記録された。(フレミング の「ヒトラーと最終解決」 1984年 pp.101-104を見よ) この会見でヒトラーはム フティに、ある目的が果たされた後に「この地域において、ドイツに残された唯一 の目的は、イギリスの保護下で暮すアラブ諸国のユダヤ人の絶滅に限定されるだろ う」と約束している。 ●さらにその上、ヒトラー自身の公的な演説も含めて、疑問1番への回答に引用さ れている。ヒトラーは、ユダヤ人を絶滅させるという自分の意思を、少なくとも3 回以上、公の場で述べている。  それを「証拠はない」とはねえ。  66Q&Aのオリジナル版では、この疑問26番は、疑問53番と言い回しが違うだけ で同じである。   「ヒトラーがユダヤ人の大量虐殺について知っていたという証拠は何かあるの   か?」(オリジナル版・疑問26番)   「ヒトラーがユダヤ人絶滅の進行について知っていたといういかなる証拠があ   るのか?」(オリジナル版&改訂版・疑問53番)  このパンフレットに、どれだけ注意深い吟味がなされたのか、分かろうというの ものだ。 (三鷹注:ろくな編集作業もせずに、プロパガンダを羅列してるだけだろう、だか ら同じ「疑問」を2回繰り返すという間抜けをやらかしている、という皮肉?)  フレミングの「ヒトラーと最終解決」を読むことをお薦めする。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− *三鷹の感想  ホロコースト否定者が最終防衛ラインとしているのは「ヒトラー自身」だと三鷹 は見ています。彼らがそれこそ百歩譲って「ホロコーストは歴史的事実だ」と認め ざるを得なかったとしても、「それは総統ご自身の意図するところではなかった」 と逃げ道を確保しておく必要があるのだろう、と。「ヒトラー主義」そのものを無 謬化し、それを時を見て標榜せんがために?  これと「社会主義諸国家崩壊後の共産主義者の振る舞い」を比較すると興味深い。 「社会主義諸国家は崩壊したが、マルクス・レーニンの共産主義思想それ自体が間 違っているからではなく、『応用』が正しくなかったからだ」てな強弁。スターリ ン批判、文革批判から何度となく繰り返されてきた茶番です。共産主義の実現過程 で何百万人が虐殺され、何千万人が今の日本で言うところの「業務上過失致死」で 死のうが、それはスターリンの誤り、毛沢東の誤り、ポルポトの誤り、チャウシェ スクの誤り、金日成金正日の誤り、その他の誤りにすぎず、マルクス・レーニンの 思想は無謬である、と。本当に馬鹿馬鹿しい。  また、共産主義を口を極めて非難する論客が、ヒトラー主義につながるプロパガ ンダに、なぜだかコロっとだまくらかされる不思議。パソ通ボードに限ったことじ ゃない。これも、いわゆるひとつの「味噌糞問題」なんでしょね。思想に対する関 わりのレベルが見事なまでにバレちまうワケだ。怖いねえ(笑)