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37.彼らはどのようにして死んだのか? *IHRの主張  主として、この期間、戦争で引き裂かれたヨーロッパで猛威を振るった流行性の 発疹チフスが何度も流行したことによる。戦争の終わりが近づく頃には、事実上、 道路のすべてと鉄道輸送が連合軍の爆撃により破壊されたことによる、飢餓と医学 的手当の欠乏も原因だ。 *ニツコーの回答  発疹チフスで死んだ人間もいたが、人数について言うのならば、ガスで殺された ユダヤ人が一番多く、次に多いのが射殺だった。  「旧帝国領(Altreich)」(疑問1番を見よ)内の収容所においては、死の主な 原因は飢餓と病気だった。収容者が不十分な食物しか与えられず、重労働を強いら れている場合、飢餓と病気の間に、実際的な違いはほとんどない。絶滅収容所であ ると同時に強制労働収容所だったアウシュビッツでは、囚人はしょっちゅう「選別」 され、衰弱者はガス殺された。このようなやり方で、消耗により死ぬ機会を与えら れる者はほとんどいず、その替わり彼らはガス室の中で最期を遂げたのだ。  連合軍がドイツ国内のナチスの死の収容所に到達した時、SS個人個人は衣食が 十分に足りていることが判明したし、収容所のある土地の人々も、言われているよ うな重大な欠乏状態を耐えているわけではなかった。(他方、大都市のドイツ人は 多くの苦難を被っていた) このことは、収容所の解放を撮影したフィルムによっ て、はっきりと証明される。フィルムには収容所近在の町や村の住民が写っている。 収容所で何が起きたかの証人となるべく、アメリカ軍の兵士たちが住民を収容所に 連れてきたのだ。住民の誰一人として飢えていない。  ベルゲンベルゼン収容所で連合軍の捕虜になった、丸丸と太ったSS女性隊員た ちの有名な写真さえ存在する。ベルゼンでは何万もの囚人が飢えていた。もし、あ なたが、ブルドーザーで大量埋葬壕に葬られる痩せ衰えた死体群のフィルムを見た ことがあるとしたら、それはおそらくベルゼンで撮影されたものだ。太ったSS女 性隊員と対照的であるのは、非常にハッキリしている。  さらに、ナチスによる連合軍捕虜で餓死させられた者は皆無と言っていいくらい いない。ナチスが生かしておきたかった人々もいたのだ。そして、ナチスが死なせ たかった人々もいた。この理由で、きわめて多くのソ連の戦時捕虜が死んだ。−− 300万人以上だ。 (三鷹注:この場合の「連合軍(Allied)」にソ連軍は含まれていないようです)