| [次] | [前] | [もくじ] | 本 棚 | トップ |

#1291/1770 研究室「パンドラの箱」 ★タイトル (QYA33902) 96/12/ 5 4:58 (104) ニツコー>66Q&A56番              三鷹板吉 ★内容 56.「アンネ・フランクの日記」は本物か? *IHRの主張(オリジナル版)  本物ではない。スウェーデンのディトライブ・フェルデラー(Ditlieb Felderer) とフランスのロベール・フォーリソン(Robert Faurisson)によってまとめられた 証拠は、この有名な日記が捏造文書であることを最終的に確定した。 *IHRの主張(改訂版)  本物ではない。フランスのロベール・フォーリソンによってまとめられた証拠は、 この有名な日記が捏造文書であることを確定した。 *ニツコーの回答  ディトライブ・フェルデラーは悪名高いネオナチで、人種間憎悪を煽り立てるプ ロパガンダを流布した罪で、スウェーデンの刑務所に入っていた人物だ。彼がやっ たことで一番有名なのは、ヨーロッパのユダヤ人に髪の毛の切れ端を郵送して、そ れがガス殺されたユダヤ人から刈り取った髪の毛だと証明できるかと皮肉たっぷり に質問したことだ。彼は、また、セックスとナチスによる殺人を扱った、吐き気を もよおすようなパンフレットを多数執筆している。中でもここに転載するには非道 すぎる代物は、シアン化ガスが女性器にどのような影響を与えるか(皮肉たっぷり に)描写するものだ。  フェルデラーが「まとめた」「証拠」の一部は、以下のようなものだ。この中で 彼は皮肉を込めて、アンネの日記はすべて捏造されたものではありえない、なぜな らユダヤ人が書いたもののように見えるからだ、と論じている。   アナル・コンプレックス    我々が思うに、なぜアンネ・フランクの日記を全体的に作り話として片付け   られないかというもう一つの有力な理由は、日記が肛門と排泄物に夢中になっ   ているということだ。これはユダヤ人の多くの典型的な特徴である。ポルノグ   ラフィーと糞便に関する夢想が常に彼らを魅惑している……ユダヤ人の著作は、   生殖と排泄機能についての物語を注ぎ込まれてきた……   …これら排泄物への熱中が著者もしくは著者たちの一部の空想にすぎないとい   う議論を捨て去ることができないとしても、この物語が本物で原著者の主要な   思考を部分的に反映していると信じるに十分な理由が有る。物語がでっちあげ   だったとしても、それにもかかわらず、物語はみごとにこの古い文化的民族の   アナル・コンプレックスを表わしている。  IHRが改訂版でフェルデラーへの言及を削っていることをチェックしよう。こ こでもまた、リビジョニズムは反セム主義的分派から距離をおこうとして、このよ うな人々とのつながりを放棄するか、少なくとも放棄するふりをしなければならな いのだ。  ロベール・フォーリソン博士は、少なくともフェルデラーのように不作法ではな い。だが彼は歴史学者でもなければ、修辞学の専門家でも、筆跡学の専門家でもな い。彼はリヨン大学の文学教授だった。アンネ・フランクの著作の信憑性に関する、 この「主要なホロコーストの権威」の証言は、フランクフルトOberlandesgericht (高等裁判所)により、1979年に却下された。  1981年、フォーリソンはフランスの裁判所に召喚された。ラジオやさまざまな出 版物で彼が述べた、ガス室などけして存在しなかったとの主張を、実証させられる ために。フォーリソンは執行猶予3ヶ月を宣告され、名誉毀損、差別と人種間憎悪 と人種間暴力を扇動した件に対する罰金と慰謝料の支払いを命じられた。この判決 は控訴審で確定した。  何が証拠を構成するかについてのフォーリソンの珍妙な感覚は、ミシェル・シェ ルマーのリビジョニストに対する公開書簡の中で、見事に描写されている。  1981年、オランダ国立戦時資料館は、アンネ・フランク自筆の日記を、真贋鑑定 のため、法務省所属のオランダ国立法科学研究所に提出した。国立法科学研究所は 使用されている物質−−インク、紙、糊など−−と筆跡を調査して、270ページの 報告書を発行した。    国立法科学研究所の報告は、アンネ・フランクの日記の両バージョンがとも   にアンネ自身によって1942年から1944年の間に書かれたということを、異論の   余地無く論証した。日記が他の誰かによる(戦後もしくは戦前の)作品だとい   う申し立ては、ゆえに最終的に反駁される。    さらに、校正と省略にもかかわらず、「アンネ・フランクの日記」(すなわ   ち日記の出版されたバージョン)は、事実アンネの著作の「本質」を含有して   いる。この本の編集者や出版者の仕事に関して「偽造」という用語が適用され   る余地はまったく存在しない。  アンネの日記に対する一番ありふれた難癖は、日記にはボールペンによる記述が 含まれており、ボールペンが一般的に使用されるようになったのは、アンネの死後 だというものだ。これは、偽瞞ながらも、しつこく持続している神話である。日記 中の唯一のボールペンインクは、アンネ以外の人間によって挿入されたと分かる紙 片に記されたものだ。言うまでもなく、アンネ自身の記述は、ボールペンを使った ものではない。  アンネ・フランク「アンネ・フランクの日記:校訂版」 1989年 pp.96,166を見 よ。(引用文全文が入手可能である) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− *三鷹の感想  「アンネの日記」を巡るホロコースト否定者の動向については、デボラ・リップ シュタットの「ホロコーストの真実」巻末付録でも一章を立てて述べられています。 日記がハリウッドで映画化された際に、複数の脚本家の間で著作権を巡ってのトラ ブルが発生し、裁判が行なわれました。生き馬の目を抜くショービジネスの現場に おいては、きわめてありふれた話であり、日記それ自体の価値をおとしめるもので はまったくないのですが。否定者は、このトラブルを主なネタとして「偽造説」を でっちあげた、とリップシュタットは解説しています。  フェルデラーやフォーリソンに対して下された刑罰は、公権力による「言論・表 現の自由」の制限であり、三鷹はそのような制限には反対である、ということを申 し添えておきましょう。ナチズムや人種差別思想に基づくものも含めて、どんな妄 言も暴論であっても、発言者の責任において発言し発表する「自由」は保証される べきだ、と考えるからです。