タブー化する「身元」
(2000/01/15)
現在日本のマスコミにおいて、相当数の言葉が事実上タブー化し、使用できないという実態は、良く知られていると思う。その一つは「差別語」「差別表現」と称されるもので、障害者や被差別部落出身者を意味する言葉なども含まれる。だが「身元」という、ごく普通に使われている言葉まで、マスコミではいつの間にやらタブー扱いされつつあるということは、はたして知られているのだろうか?
昨年、TBSの橋田寿賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」のセリフの一部を部落解放同盟が問題視し、局への「申し入れ」がなされ、3回にわたって解同と局との「話し合い」が行われたそうだ。5月の放送分についてだ。
「行楽で働いていたのが急に3人もやめることになって代わりを探しているらしいんですがね、今は失業者が増えているからいくらでも働きたい人がいるからといっても、やっぱり身元がしっかりしていないと不安だから、誰か知っている人はいないかって…」
この「身元」云々のくだりを、解同は「『身元調査』の容認と『失業者』への不穏感をあおる場面」として問題視した。
解同はこれまで結婚や就職における「身元調査」を問題視してきた。要するに、身元調査の主目的は「被差別部落出身者であるか否かの調査」だから、結婚差別や就職差別に直結する、てな主張であろう。その主張自体は、正当なものであると三鷹は思う。
だが、「被差別部落出身か否かの調査」を目的としているわけではない、ごく一般的な身元調査も含めて「身元調査」すべてがクレームの対象となり、そうした言葉や表現までが問題視されるとなると、首をかしげざるを得ない。
三鷹は問題の橋田ドラマは見ていないのだが、シナリオの流れからして、この「身元のしっかりした人」が、例えば「被差別部落出身者以外」を意味するとは、ちょと思えない。「信頼できる身元保証人がいる人」てな程度の意味だろう。で、その「身元保証人」が求職者の何を保証するかと言えば「社会人、職業人としてマットウであり、勤務をキチンとこなすことが期待できる」てな程度で、雇用者が被雇用者に求める、ごく常識的なことに過ぎないだろう。いったい何が問題なのだろう? どこに「差別」があるというのだろうか?
「身元」という言葉の本来の意味は「生まれや育ち」だが、現在日本では一般に「姓名、住所、職業、経歴」なども含めて、当人の社会的存在の全体像を意味している。「身元調査」とは、それらを総体的に調べるものである。それを「被差別部落出身か否かの調査」と認識する人間は、全国的に見ればけして多くは無いのではないか?
特に三鷹が生まれ育った場所も含めて、東日本の都市部においては皆無だった。これは経験的に思う。そもそも「現在も深刻な部落差別が存在する」てな主張に対してさえ、東日本都市部出身の大多数の人間は、まず差別問題それ自体に対する基本的な無知を露呈した上で、説明を受け知識として理解しても実感はまるで無いまま、「どこに生まれたからって別に関係ないじゃん」と苦笑するのが、通例だったように思う。
そんなナンセンスな情報(とあえて決めつけよう)よか、依頼する側が切実に必要とする情報があるだろう、と三鷹は思う。例えば、結婚における「調査」ならば、対象者の異性関係だ。結婚相手以外の異性出入りの有無、内縁も含め、すでに婚姻関係にある異性が存在しないか、などなど。就職において、対象者が失業者ならば、失職した事情について、ぜひ知りたい。マジメに働いていたのに勤務先が倒産して失業したのかもしれない。暴力沙汰や金銭がらみのトラブル、悪質なセクハラ事件などを起こしてクビになったのかもしれない。
もしもこうした情報を得るための「身元調査」まで「差別」につながるとして否定されるなら、結婚においても就職においても、「調査」は出来ず、「当人の自己申告」のみを全面的に信頼するしかない、ということになりかねない。しかし、結婚を希望する人間や雇用者のすべてが、そのような、いわば究極の性善説に立つことは有りえないだろう。
その結果、どのような事態がもたらされるだろう? 現実の必要に即して「身元調査」は盛んに行われながら、マスコミにおいては「身元調査」という言葉、さらには「身元」という言葉がタブー化し、いっさいの電波や印刷物において忌避されるのだ。そうなったら最後、現実の「身元調査」を通じて恐るべき差別が行われたとしても、マスコミは報道しない。いや、報道できないかもしれない。報道に不可欠な言葉こそがタブーとされているのだから。
いや、これは三鷹が性悪説に走りすぎているかもしれない。「身元調査」はすべて法律で禁止され、日本はより「差別」の無い社会へと「進歩」するのかもしれない。そこでは、職権濫用や汚職や悪質セクハラで解雇された人間も過去を伏せたまま、マジメ一筋で生きてきた人間との「差別」無く就職でき、内縁の妻が10人いる男もそうとは知られず、純情一筋の青年との「差別」無く結婚できる。ああ美しきかな、「差別」無き社会よ。
三鷹自身の心は性悪説に凝り固まって汚れているので、残念ながら、そんな美しい社会では生きていけそうもない。どこかに亡命先を探すことになるだろう。
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