一読お薦め「ヒカルの碁」

(2000/02/27)

 うかつにも、つい最近まで見逃していたのだが、現在一番面白いまんがの一つが、少年ジャンプに連載されている「ヒカルの碁」(原作:ほったゆみ 漫画:小畑健)だ。

 連載が始まった当初「碁の名人の背後霊が憑いた小学生の話」てな風に、「言葉」で聞かされていて、一種の変身ヒーローものだと思いこんでいた。平凡な小学生が「うしろの百太郎」みたいな背後霊(非業の死を遂げた平安時代の天才棋士)のおかげで無敵の棋士に変身し、大活躍する、てな。なるほど、悪くないアイディアだ、と思っていた。

 ところが、実際に作品を読んでみて、ンなのはホンの入口のワンアイディアでしか無いことが分かった。碁を全く知らない主人公・進藤ヒカルが、名人の幽霊である佐為(さい)の言う通りに碁を打って勝っても、それは佐為の勝利であり、ヒカルの勝利ではない。勝てば勝つだけ空しいし、何もしていない自分が逆に情けない。だから、勝利を自分自身のものとするために、ヒカルは自分で努力し、成長していかざるを得ない。

 いっぽう、ヒカルのライバル役の塔矢アキラは、名人の息子として、碁の英才教育を受け、小学生にしてプロはだしの実力を持っているという設定だ。同世代にライバルが一人もいないという、いわば「エリート故の孤独」の中にいたアキラが、ヒカル(実は佐為)に「一刀で首を斬り離される」という屈辱的な敗北を経験させられることによって、初めて「同世代のライバル」を意識する。それは現実のヒカルではないから、ヒカルに勝っても本当の勝利ではなく、いわば「幻のヒカル」を打倒目標とし、アキラは成長していく。

 現在の少年まんがの一番困難な課題は、一億総中流の飽食の時代の主人公に、いかにハングリースピリットを持たせ、努力させ、成長させていけるかである。佐為という、一見タナボタヒーロー実現のためのアイディアが、この課題の回答だった。

 その佐為にしても、塔矢名人(アキラの父)の対局をTVで観て、その凄まじい実力に息を呑み、もしも彼と碁を打てたらなら、自分の生前よりの夢だった「神の一手」に至れるかもしれないと、心ときめかせる。そしてインターネット囲碁で、国内外の強者たちと対局し、全戦全勝して「謎の棋士”sai”」として名を上げる。この作品では、幽霊までもが成長するのだ(!)

 小畑健の絵の上品で高品質なビジュアルと不可分だが、個々のキャラが実に魅力的で可愛らしい。ヒカルのピュアな少年らしさが、嫌味に堕ちずに描かれている。魅力と言えばアキラのほうがポイント高いか。まあ、二人キャラシステムじゃ、作りやすいのは2番手の、影のある方だから当然か。特に女性読者の人気が、アキラに集中しているだろうことは容易に想像がつく。

 佐為がまた実に良い。「実は相手の方がズルしたのに、『ズルした』との汚名を着せられて敗北し、自殺した平安時代の天才棋士」という、強さと柔弱さを併せ持った難しい設定のキャラクターを、見事に具現している。とにっかく碁が大好きで「強い相手と対局できれば幸せ」という少年まんが的な単純で分かりやすいキャラと、勝負の公正と純粋性をとことん追求する一種少女じみたピュアな感性と、天才的な実力を誇った歴戦の棋士としての貫禄とを、一個のキャラクターの中に実現することに成功している。すばらしい。

 この作品の影響で、最近全国の碁会所に小中学生の姿がチラホラ見えるようになったそうだ。現在のJリーグに、往年のサッカーまんがの名作「キャプテン翼」のファンだった選手が少なからずいるように、将来の「名人」が、「ヒカルの碁」のファンから生まれるかもしれない。本来、現実の影でしかない虚構が、逆に現実に影響を与えているのだ。虚構(フィクション)作者冥利につきると言えよう。

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