中川李枝子さく+大村百合子え「いやいやえん」(改訂版)
(2000/07/06)
なんかここんとこ政治がらみの話ばっかで、それもけして「読んで楽しい話題」じゃない。反省するとともに、しばらくは「本棚」らしく本の話に専念しよう。
ここんとこしばらく、三鷹はまんが以外、政治がらみの本しか読んでいないので、昔の話となる。昔話ならいっそ、三鷹が幼少時代にハマった本の話をいくつか書いてみたく思う。
というわけで「いやいやえん」である。
「ちゅーりっぷほいくえん」に通う四歳児「しげる」を主人公とした短編7編で構成されている。ごく普通の保育園の話でありながら、積み木で作った捕鯨船が鯨をつかまえてきたり、子熊が登園してきたり、遠足で出かけた山に小鬼が出現したり、ストーリーは、いわば魔術的な縦横無尽の展開をみせる。表題の「いやいやえん」というのは、魔女じみた年配の女性が園長の特殊な保育園で、普通の保育園に通えない非行園児(笑)が収容される施設らしい。その「いやいやえん」に行かされたしげるが出会うのは、日常と魔法が渾然一体となったような不思議体験である。
こどもにとっては、すばらしく面白い内容である。それは、自分がおとなに成り果てた今読んでも、十分に分かる。徹底してこどもの気持ちで書かれているからだ。
この「こどもの気持ちで書く」というのは、実は非常に難しい。ケストナーが言うように、ほとんどのおとなは、自分がこどもだった頃のことを忘れているからだ。で、「わたしはこどもの気持ちを理解できる」と臆面も無く言える作家(志望者)の大半は、見事なまでパターン通りに、こどもに裏切られ、失敗しているようだ。
そうした作家(志望者)が書く「ダメな童話」のパターンを以下、偏見含有で記しておこう。
まず古典的には「こういう子が、世間が期待するところの良い子だ」てな、説教臭い童話だ。戦前の修身の教科書に書いてあるような話。教科書的には必要な話だろうとも思うが、「こどもの気持ち」から乖離し、こども自身に拒否されるだろうことは、容易に想像がつくだろう。
次に前者とは反対に、こどもが本来持っているアナーキーさを、革命だの改革だの、既存の社会システムの破壊や「異議申し立て」に導き、政治目的に利用しようとするもの。「プロレタリア童話」の類だ。巧妙に作れば、こどもの評価もそれなりに得られるだろう。しばしばプロパガンダ臭が立ちすぎて、こどもはとまどうだろうし、「親」には取り上げられて、捨てられてしまう(笑)
次に「現実」に絶望した作家が、「理想」や「夢想」をこどもに託そうとするもの。これが実は、こどもにとってはいちばんタチが悪い。世間も社会も国家も超越した、作家自身を全能の「神」とする空想の世界へと、こどもを囲い込もうとする。まれには、すばらしい「名作」となる場合もある。アンデルセンとか、ワイルドとか。でも、彼らほど強烈なイマジネーションを構築できない、ほとんどの作家は失敗する。
「いやいやえん」が成功した理由は、以上の3例とは異なり、こどもの主観的リアリティに立脚した作品だからだろう。読者(というか、読まれ手)であるこどもの主観に、実に忠実に描かれている。魔術的な展開はすばらしく魅力的なのだが、園児たちを拘束している規則や規範からは無縁ではない。それも、おとなによる上からの拘束ではなく、こどもたち自身が日常の経験を通じて実感し、納得させられている規則なのだ。
積み木で作った船は雄々しく海に乗り出し、鯨をつかまえるのだが、この捕鯨船に乗る資格があるのは保育園の上級生である「ほしぐみ」の「おとこ」だけで、しげるは下級生の「ばらぐみ」だから、主人公でありながら参加資格がない。これは、おとなから見れば、あからさまな「性差別」であり「年齢差別」であろう。でも、こどもにとってのリアリティは、実にここにある。そのリアリティを抑圧し「女児や下級生も平等に乗れる捕鯨船」を描いた童話が、その後相当多数作られただろうことは想像に難くないが、それらはすべて失敗したのだろう。
しげるとしては、「きまり」は嫌なんだけど、従わないと罰を受けるから嫌。「きまり」なんか無視して好き勝手したいんだけど、アナーキーな「いやいやえん」に送られれば、同じく好き勝手してる子に迷惑をこうむるから、やっぱ「きまり」はあったほうが、気持ち良く生活できるんじゃないかなあ、と思うに至る。実にリアルである。しげるに限らず、日本人の大多数が納得できる「リアリティ」なのではないだろうか(笑)
「いやいやえん」は、こどもの熱狂的な支持を受け、勝ち残った。1962年の初版から、現在まで、なんと100版近く増刷を重ね、総部数は160万部以上だそうだ(※)。
「いやいやえん」 中川李枝子さく 大村百合子え 福音館書店 1200円+税
※先日書店に立ち寄った際に、2000年7月5日付で100版が発行されていたのを確認した。このMSGを書いた時点で、すでに100版を突破していた、ということである。(2000年8月22日)
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