天沢退二郎「光車よ、まわれ!」(1)
(2000/07/15)
小学生たちを主人公とした長編ファンタジーである。1973年に筑摩書房より「ちくま少年文学館」の1冊として発行された。その後1987年にちくま文庫に収録されたが、現在はすべて絶版である。一部にカルト的な人気を根強く保っている作品で、インターネットの古書探求サイトで1万円以上の高値が提示されたこともある。
現状では大多数の読者が読むことが出来ない作品であるので、以下、ストーリーを完全紹介しちゃおう。いわゆる「ネタばらし」どころか、1冊丸ごとの内容を要約紹介するものである。あくまで本で読みたい読者は、以下を読んではいけない。
◎「光車よ、まわれ!」ストーリー紹介
9月の終わりの、ある激しい雨の日、サダヤ区立流山寺小学校6年2組の川岡一郎は、遅刻して教室に入ってきた同級生の男子3人が、真っ黒な大男に変身しているのを目撃する。帰宅途中、雨上がりの道路の水たまりに、黒い小人たちの影が出現し、一郎を水の中へと引きずり込もうとする。
水たまりを逃れた一郎を待っていたのは、学級委員長の吉川トオルだった。「今日お前は何を見たんだ?」と吉川は一郎を難詰する。そんな一郎を助け、仲間として迎え入れてくれたのは、同級生の戸ノ本龍子をリーダーとするグループだった。
龍子のグループは、通学路にある廃工場をアジトにしている。龍子の祖父が、中風で寝たきりになる前に経営していた製粉工場だ。工場には色々な仕掛けがほどこしてあって、一種の要塞となっている。龍子が言うには、黒い大男や小人たちは《水の悪魔(=水魔神)》の手下である。夏休みの終わり頃から、何人ものこどもが襲われ、溺死させられたこどもまでいる。《水魔神》と戦うためには、《光車》という宝物を三つ集めなければいけない、と。
龍子と一郎たちは、その夜、地下鉄で国立図書館の夜間閲覧室に行き、古文書に描かれた《光車》を見る。古文書に記された不思議な文字は、地霊文字と呼ばれ、漢字伝来以前から日本列島に住みついていた文字だという。そうしたことを教えてくれたのは、龍子の祖父で、学界からはキチガイ扱いされているのだ、と。龍子が手配した《光車》のマイクロフィルムを太陽にすかして見ると、こどもたちの目には魔法の力が宿り、土深く埋もれた本物の《光車》を見つけ出すことができる。こうして、《光車》探しの冒険が始まった。
一郎は第一の《光車》を見つけるが、《水魔神》配下の黒い大男に襲われ、記憶を喪失する。一郎から連絡を受けた龍子は、一郎が母親と二人で住む借家にやってくる。そこに仲間の坂本左千夫から電話があり、第二の《光車》の発見が報告される。龍子は、一郎の大家である「中谷家」の電話機を組み込んだ戸棚が、地霊文字を現わしていることに気づく。
翌日の早朝、登校した一郎は、教室の黒板に、古文書に描かれた《光車》をチョークで描いてみる。それを吉川トオルに目撃され、詰問されるが、何とか逃れる。この吉川は、どうやら《水魔神》とは別の勢力の手先のようだ。
一時は《水魔神》側に拉致されたものの、脱出した左千夫の導きにより、第二の《光車》は龍子の手に入る。そのヒントは中谷家の地霊文字だった。だが、一郎ひとりは仲間からはぐれ、水の中に引き込まれてしまう。
ここで第二の主人公・吉川ルミが登場する。ルミは吉川トオルの従姉妹で、一郎や龍子の小学校の隣のサダヤ区立台町小学校に通い、1階が商店街のアパートに、兄と母親との3人で住んでいる。
夕食時、大通りをへだてた向かいのアパートのベランダに異変が生じたのを、ルミは目撃する。ベランダから黒い大男二人が手足に網をまとって乗り出し、奇妙な姿勢で窓に貼りついたのだ。ルミにはそれが《光車》という地霊文字であることが分かる。ルミに気づかれたことを知った大男たちは、縄梯子をこちらに渡して、やってこようとする。ルミは母親の助けで梯子を切り離すが、大男たちは黒い水に変じて流れ落ち、下の商店街に時ならぬ洪水が発生する。それをテキパキと処理したのは、灰色のトラックに乗ってやってきた緑色の制服の特殊部隊(緑衣隊)だ。以後、向かいのアパートは、緑衣隊の占拠下におかれる。
翌日、学校から帰ってきたルミは、緑衣隊が付近の住民を尋問し、怪異を目撃した人間は皆どこかへ連行されたことを知る。ルミの母親もだ。ルミは真相を探るため、向かいのアパートに潜入し、怪異が発生した部屋に入る。そこには巨大な水槽が置かれ、水が不思議な光を放っている。部屋に入ってきた緑衣隊員から逃れるため、ルミは水槽に身を投じる。
一郎が引き込まれ、ルミが身を投じた先は、水の裏側に存在するウラガリ国。《水魔神》が支配する、さかさまの国だった。《水魔神》はハリガネの冠をかぶった小柄な老人で、わき腹の傷から血を流し続けている。この老人は魔法の釣り針を使って、オモテの世界のこどもをウラガリ国へ引き込んでいる。ルミは監禁された一郎を助け出し、《水魔神》の追跡を逃れて、オモテへと脱出する。そこは流山寺小学校のハス池だった。あの雨の日、一郎が目撃した3人の黒い大男も、この池を通じてオモテの学校へやってきたのだ。
翌日、一郎のクラスで行われた「誕生会」で、吉川は仮面の手品師に扮して、クラス全員に催眠術をかけ、「きみらは《光車》をみたか?」と尋問する。3人の黒い大男や小人たちも現れて、一郎たちに襲いかかる。龍子や一郎たちは、マイクロフィルムで目に宿った《光車》の力で催眠術にはかからず、地霊文字の導きによって敵の手を逃れる。どうやら、吉川の背後にいる勢力と《水魔神》とが手を結んだらしい。
ルミを新しい仲間に加えた龍子グループは、一郎のかすかな記憶をたよりに、第一の《光車》を再発見する。二つ目の《光車》を手に入れた途端、《水魔神》の釣り針がこどもたちに襲いかかる。最悪のピンチをかろうじて脱したが、今回に限って地霊文字の支援が無かったことが、こどもたちの気にかかる。
龍子はグループを、寝たきりの祖父に引き合わせる。祖父は二度目の発作を起こしたところで、三度目の発作があれば、自分は痴呆状態になってしまう、という。そんな自分に代わって、今後グループを後見する者として、中谷晃人という人物を紹介する。それは、一郎の大家「中谷家」の寝たきり老人だった。グループは、昔の下水である地下の抜け道を通って、一郎の家へと向かう。
中谷老人は、龍子の祖父とそっくりだった。彼は自分が「龍子の祖父であり、そのまた祖父であり、そのまた祖父でもあった者」だと言う。ルミが幼い頃に地霊文字を教えたのも中谷老人であり、今まで再三にわたって念力で地霊文字を送り、龍子グループを助けてきたのも彼だった。「二つの敵が手を結んだ。第三の《光車》を早く探せ」と老人は言い残し、眠りにつく。
吉川は「土曜勉強会」というグループを組織し、《光車》を模した絵を描いた会員証を配り、《光車》探しを始めた。その絵は、一郎が教室の黒板に描いた絵が元になっている。「土曜勉強会」には、中学生であるルミの兄も関係している。彼らの背後にいるのは、どうやら緑衣隊のようだ。
再び、激しい雨が降った日、龍子グループの双子の姉妹が、《水魔神》と緑衣隊により殺される。姉妹はグループを抜けたがっていた。敵は、龍子グループに《光車》を三つ揃えさせた上で奪い取るため、メンバーがグループを抜けることは許さない。その見せしめのために姉妹は殺されたのだ、と龍子は一郎に告げる。
一方、ルミは水路と運河で出来た奇妙な迷路に迷い込み、「水上音楽堂」に辿りつく。そこで、ルミひとりを観客として、不思議な劇が演じられる。「ウラガリ国の王は王女とふたり幸せに暮らしていたが、オモガリ国の釣り針で王女はさらわれ、王はわき腹に重傷を負った。だが、雨と一緒に降って来た宝物《光車》をわき腹に当てると血がとまる。王女をさらったオモガリ国の悪童どもに復讐するのだ」という内容だ。この劇を批評したルミは、お礼に俳優の大男から小さなモーターボートを貰い、水路を進んで行く。
水路の先の大広場で、ルミは《水魔神》の演説を聞く。「オモテの国家は自分と手を結び、オモテの人間を売り渡した。今こそオモテとウラを入れかえて、オモテの人間すべてを奴隷とするのだ」というアジテーションだ。ルミは、黒い大男が変身した3人の小学生に追われるが、水路に住む土色の裸の人々に助けられて難を逃れ、龍子や一郎と合流する。
一郎は学校で偶然「今夜か明日、最後の氾濫を起こす」という敵の情報を得る。龍子グループは学校を早退する。龍子の祖父は最後の発作を起こし、昏睡状態となっている。その両手は奇怪な形に組まれたままで、「まん中の谷間」という意味の地霊文字を示している。「中谷」である。龍子、一郎、ルミは、祖父の主治医が運転する車のヘッドライトに二つの《光車》をとりつけ、迫る水や黒い小人たちを駆逐し、緑衣隊の検問を抜けて、中谷家へと向かう。
第三の《光車》は、中谷老人の必死の念力で呼び寄せられ、中谷家の電話機のダイヤルに出現していた。《光車》は三つ揃ったが、中谷老人は無理に念力を使ったため、身体のあちこちの血管が切れ、体内で氾濫が起こっている。洪水が襲いかかり、中谷家は崩壊する。龍子たちは中谷家の押し入れに隠されていたボートで脱出し、廃工場へと向かう。ボートを導く中谷老人は立ったまま死んでいる。
廃工場のやぐらに立てこもった龍子グループを、緑衣隊が包囲する。学級委員長の吉川はもとより、クラス担任の山中良子先生も塚田先生も緑衣隊員だった。緑衣隊は逮捕した一郎の母親を使って投降勧告をさせようとするが、効果がないと見るや実力行使に出る。龍子は工場の仕掛けを作動させ、緑衣隊を撃退する。
そして最後の戦いが始まる。やぐらの周囲は洪水で覆われ、その水面にウラガリ国の無数の建造物の、影だけが出現する。建造物はどれも黒い小人であふれんばかりだ。建造物のまん中に《水魔神》を乗せたボートの影がまず現れ、オモテの、こちら側の世界へ具現化する。建造物の群れもこちら側に具現化した時こそ、《水魔神》の演説通り、オモテとウラが入れかわるのだ。
龍子の指示で、最後の仕掛けが作動し やぐらはボートに変形する。《水魔神》の釣り針がこどもたちに襲いかかる。龍子はボートのへさきに立ち、《光車》を空中に投げ上げ、「《光車》よ、まわれ!」と叫び、むちを振るって打つ。一郎が次の《光車》を投げ、ルミが第三の《光車》を投げて、龍子のむちで打たれた三つの《光車》は、回転して空中で一体化し、巨大な光の塊となる。その光にうたれて《水魔神》は倒れ、龍子は《水魔神》のボートへ乗り移る。いつしか《水魔神》は龍子の祖父に、中谷老人とそっくりに変わっている。
ルミがつぶやく。
「《水魔神》は龍子のおじいさんの、悪の分身だったのね。龍子のおじいさん、つまり中谷のおじいさんは、自分の分身とたたかって、龍子のおかげで勝ったけれど、自分もまたっくどめかの最後をむかえたのよ。これで、こないだ水上音楽堂で見たお芝居のつづきがわかったわ。つまり、龍子があの舟に乗りうつって、ウラガリ国の王様には、愛する王女が戻ったのよ。そのかわり、もうあたしたち、龍子には会えないのねえ」
数ヶ月後、ルミと会った一郎は、国立図書館にある《光車》の絵を見に行く。だが、夜間閲覧室など存在せず、古文書を小中学生が見ることなどできない、と告げられる。図書館を後にした二人は、自分たちを見すえる悪意と敵意がこもった視線を感じる。
(ぼくらはたしかに勝った。あやかしをうちやぶり、敵の片一方はやっつけた。でももう一方の敵がのこっている。緑の制服のやつらやもうまったく見かけなくなったけれど、敵はまだこうやってぼくらを見張りながら、ようすをうかがっているのだ。)
という一郎のナレーションで、物語は終結する。
(この項つづく)
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