何とも退屈な「朗読者」

(2000/08/22)

 書評に釣られて読んでしまったが、読みやすいだけがとりえの、何とも退屈な小説だった。

 舞台は敗戦後十数年経た西ドイツの地方都市。主人公は15歳の少年で、21歳年上の彼女と知り合い、肉体関係を持つ。彼女は、なぜか、性行為の前に主人公に本を朗読させる。そんな関係が1年ほど続いた後、彼女は突然に少年の前から姿を消す。二人が再会したのは、ナチスを裁く戦犯法廷だった。少年は裁判を傍聴する法科の学生。彼女は元ナチス親衛隊員として、強制収容所の看守時代の行為をとわれ、被告席に立たされていた。彼女は実は文盲だった。無期刑を宣告され収監された彼女に、主人公は何年間にも渡って、自作の朗読テープを差し入れる…てなストーリーだ。

 同様の構図ならば、スティーブン・キングの「ゴールデンボーイ」のほうが百倍スリリングで、かつ人間の本質に存在する「悪」を炙り出すことに成功している。ナチス強制収容所の所長という過去を隠蔽し、アメリカの片田舎にひっそりと暮らす独居老人と、地元少年との「交流」を描いた傑作だ。新潮文庫に収録されているので、ぜひ一読をお薦めする。

 「朗読者」がベストセラーになった理由は、重苦しいテーマを扱った、感傷的な小説だからだろう。ナチスのホロコーストは、共産主義下の大量虐殺や、アメリカの原爆による広島・長崎のジェノサイドなどと並んで、20世紀に人類が人類に対して実行した、組織的残虐行為の一つである。重苦しいこと限りない。それに「感傷」というお砂糖をたっぷり入れ、「少年と、母親のような女性との性関係」という、インモラルなスパイスをふりかけることにより、一般大衆向けのエンターテインメントが出来上がった、ちうわけだ。

 主人公がやたらにナイーブなのも、感傷を促進させる効果がある。ちなみにナイーブというのは「鈍臭い」ちう意味の言葉だ。なるほど、実に鈍臭い主人公である。女性関係にこそ、その鈍臭さが突出して現れているようで、主人公の結婚生活の破綻も多分にそのせいなのだろう、と納得がいく。

 著者の意図とはちょと異なるだろうが、「本当に悪い人間なんていない。すべては時代が悪かったんだ」てなメッセージを読者に読み取らせることを許容する小説で、本質的に日本人好みである。日本人ならば、戦争が終わった途端に、このような小説を書けたはずだし、現に何冊も書かれている。

 驚くべくは、かくも感傷的な小説が、ドイツでもアメリカでもベストセラーになったという「事実」かもしれない。大戦後半世紀、ドイツ人もアメリカのユダヤ人さえも、日本人並の感傷に浸れるほど、ナチスの記憶から遠ざかってしまった、ちうことか。


「朗読者」 ベルンハルト・シュリンク著 松永美穂訳 新潮社 2000年4月25日発行


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