中韓の教科書攻撃の「効果」

(2001/03/07)

 「新しい歴史教科書をつくる会」は、現在日本の公教育において、歴史的事実を歪曲し過去の日本を一方的に貶める自虐的歴史教科書が横行していることを憂慮する人々により、数年前、超党派的に結成された団体である。メンバーは、アカデミズム、教育界、マスコミから政財界まで、多方面で広く活動しており、日本国民一般に広範な支持を獲得している団体である。中国の主張する如く、これを「右翼団体」と決めつけるのは事実と異なる。日本国民全体を「右翼」と決めつけるのでなければ。

 この「つくる会」が執筆に加わった中学歴史教科書について、朝日新聞が中国・韓国等からの外圧を誘導せんがためにするリーク報道をなし(これを「ご注進ジャーナリズム」と言う)、「ご注進」に乗った中韓は日本政府に対し、「つくる会」教科書の「検定不合格」を求めてきた。

 今回の教科書攻撃の「効果」について、ちょと考察してみよう。

 1998年に訪日した中国の江沢民主席は、その尊大無礼な言動により、中国の反日イデオロギーいまだ健在なることを日本全国に知らしめ、日本人の多くが抱いていた甘ったるい「日中友好」気分に冷水を浴びせかけた。今回の騒動も、それに勝るとも劣らぬ「効果」をもたらすことだろう。

 韓国においても、98年の金大中大統領の「過去清算」「未来志向」発言とは裏腹に、かの国の「過去志向」と「反日」は一体にして骨がらみであり、21世紀になっても変化は期待できないことを思い知らされる「効果」もあった。

 今回の中韓の特定教科書不合格要求は、あからさまな内政干渉だが、そのお先棒を担いでいるのが、上記の通り「朝日」を筆頭とする日本の一部マスコミと、あろうことか外務省の一部だ。自らの目的実現のため、外国からの内政干渉を招来する反日勢力が、日本国内に存在する。マスコミのみならず、官僚システムの中枢にまで食いこんでいる。このような事実が、多くの国民の目に明らかになったというのもまた、今回の事件の「効果」であろう。

 文部科学省の教科書検定の「近隣諸国条項」が、中韓の内政干渉の口実となり、干渉の正当化に悪用され、外務省の一部もそれに加担しているという実態も明らかになった。条項の見直しを求める気運が国民的に高まれば、それもまた「効果」である。

 「嫌中嫌韓を煽る『効果』だけではないか」と左方向からのツッコミが聞こえそうだが、真の友好が甘い気分や幻想を捨て去った、冷徹な現状認識から始まるのは、三鷹が今さら言うまでもないこと。中韓が「反日」であるのは、厳然たる事実である。目をそらしてはいけない。

 自分を嫌っている相手を好きになれなくても、隣人として必要なお付き合いができるのが「成熟した国民」というものだろう。もちろん、好きになれるなら、それはそれで良い。が、「仲良くすべきだから、好きであるべきだ」という主張は無理無理だし、「友好のために、相手の悪口は笑って受け入れるか、聞こえないふりをすべきだ」という理屈は、少なくとも国民感情レベルじゃ絶対に通用しない。

 そもそも、悪口を言われても怒らず、ニコニコしている相手を信用できるものだろうか? 奴隷のごとく服属するならいざ知らず、対等の立場でそんなことをし続けたら、何を考えてるか分からない奴、と、反感に加えて猜疑心までをつのらせる結果となろう。それでは友好とはほど遠い。

 さて、この先の話だが、「つくる会」歴史教科書は137箇所もの検定意見を受け入れて書き直され、検定を合格するらしい。朝日&中韓からすれば、不合格にこそ追い込めなかったものの、ご注進や抗議により検定に多大な影響を及ぼし得たと、自画自賛的「評価」をするやもしれぬ。それはそれで良かろう。出来上がった歴史教科書に「歪み」があれば、それこそが中韓の内政干渉の証拠だ。教育現場で取り上げることによって、日本・中韓の国際関係の現状を踏まえた、実際的な歴史教育が可能になるだろう。これもひとつの「効果」である。

 もちろん、合格した教科書の採択を巡ってまたひと騒動、ふた騒動あるだろう。朝日も中韓も後へは退けまい。こうした騒動自体、より多くの国民に、歴史について、教科書についての問題を意識させるという「効果」が期待できる。日教組や全教(共産党系)も中韓に負けじと大騒ぎするだろうが、抵抗虚しく、少なからぬ地域で「つくる会」の教科書が採択されることだろう。というか、左翼の凋落いちじるしい昨今、日教組や全教など、旗色が分かりやすい左翼政治勢力が教科書攻撃に肩入れすればするだけ、国民感情は逆方向にシフトする。それが採択に多大な影響を及ぼすだろう。これもまた「効果」だ。

 そうした実績を見た他の教科書会社は、(ここが重要だが)商売として、より「つくる会」の主張に沿った教科書を作るようになるだろう。自社「製品」を、従来の左翼におもねった自虐教科書と「つくる会」系教科書の2本立てにして、より幅広くシェアを確保せんとする、節操無き会社が登場することも予想できる。これも「効果」。

 過去10年ほどで、マスコミやアカデミズムにおける、共産主義・社会主義についての言論が驚くほど変化したことは記憶に新しい。今回の問題をキッカケとして、この先5年10年で、日本の歴史や教育についての言論がダイナミックに変化することを、大いに期待したいところである。10年後、現在を振り返って「ずいぶん下らないことを大騒ぎしてたものだ」と笑って話せるように。

 それこそが最上の「効果」だろう。以上、多少甘い期待も込めて、書き記しておく。


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