卑劣なる「知性」大江健三郎
(2001/08/09)
扶桑社教科書を東京都の養護学校が採用したことについて、ノーベル文学賞作家の大江健三郎が朝日新聞のインタビューで、次のように述べている。
「つくる会」の教科書は、市販されベストセラーになりました。もちろん中学生が早く読みたいと思ったからではない。「日本は優れている」「誇りと自信がいる」と思い詰める大人に空元気をつける癒(いや)し系の本だからでしょう。子どものためによく考えられた本ではありません。
でも、教科書の実物をこれほど多くの大人が読んで、考えたことはない。その結果、公立で採択したと公表した教育委員会はこれまで一つもなかった。父親や母親の反省が、日本人の世論として、力を持ったのです。東京都教委の結論は、これに真っ向から対立しています。
この文章を読んで「誤植ではなかろうか?」と思ったかた、あなたの感覚は正しい。
つまり大江は、扶桑社教科書の市販本がベストセラーになったという事実と、公立校のほとんどがこの教科書を採択しなかった(できなかった)という事実とを結び付けて、「市販本を読んだマジョリティが扶桑社教科書に反対する世論となり、採択を阻止した」と結論付けているのだ。
これ以上の欺瞞はなかろう。
市販本の読者の大多数は、この教科書を好意的に受けとめている。版元が公開している「読者の反響」を読んでみろ。お手盛りの「大本営発表」だと言うなら、各紙各誌の書評を読め。日教組の幹部ですら、うかつにも(笑)「おもしろい」とほめてしまい、組織内からの突き上げを食らったではないか。
扶桑社教科書に反対しているのは、ごく一部の反日左翼勢力だ。声のみはかしましいが、日本国民の中では圧倒的少数派である。彼らは、扶桑社教科書を読む前から反対し、読みもせずに反対し、批判本を鵜呑みにして反対し、反対せんがために反対してきた(笑)
扶桑社教科書の市販本が話題になり、好評をはくし、ベストセラーになって、左翼勢力の危機感は頂点に達した。そして、単なる「批判」の域をこえ、なりふりかまわぬ力ずくの反対運動に走ったのだ。扶桑社教科書を採択しようとした教育委員会に対しては、左翼お得意の組織動員で妨害活動を行った。委員の自宅にまで手紙、電話・ファックス攻撃をかけ、デモ、アジテーションなどを展開した。粛然たるべき教科書採択現場に混乱を持ち込み、委員に扶桑社教科書を忌避させ、採択できない状況へと追い込んでいったのではないか。
大江はそうした現状を知らないのだろうか? ノーベル文学賞をゲットするほどの「知性」において、まさかそんなことはあるまい。現状を知った上で、意図的に歪め、捻じ曲げて、正反対の結論を導き出しているのだ。これは、もはや評論ではない。卑劣なデマゴギーである。
大江自身の息子が知的障害者で養護学校出身であるという事実も、このデマに説得力を付加しよう。だからこそ、朝日は大江にインタビューしたのだろうし、大江もそのことは計算済みだろう。そのことを考えると、大江の心の闇を覗き見たようで、慄然たる思いにかられる。
かつてヤスパースは、誠実さを欠いた知性はナチス的であると喝破した。大江のごとき、白を黒と言って平然たる卑劣な「知性」こそ、ヒトラーを、あるいはスターリンを、ポルポトを支持した「知性」と同様ではないか?
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