北大路魯山人「魯山人味道」
(2002/10/22)
見よう見まねで包丁を握るようになった頃、ひとに薦められて読んだ、北大路魯山人の「魯山人味道」(中公文庫)を、この十年ほど読み返している。愛読とまではいかないが、折に触れてぱらぱらとページをくくっている。エッセイというより、短いコラムを集めたものだ。
伝記の類を読むに、魯山人というのは口も悪ければ性格も悪い、ゴーマンでワガママで根性の曲がりまくった、ひどい男である。晩年は孤独で、使用人の給料も滞るほどの窮状だったが、よりいっそうのゴーマンぶりだった。女中が肉屋に注文したハムが気に入らないと癇癪を起こし、仲裁に入った女編集者を罵倒した。泣きながら逃げ出した女編集者は、「魯山人晩景」という作品にそのことを書き記して、後世に伝えた。女は怖い。とまれ、読むだけであきれるのだから、身近にいられたらたまったものではない。
現在もファンの多いやきものにしても、好き嫌いがわかれるだろう。三鷹は自分にやきものの鑑賞眼があるとは思わないし、評価するだけの言葉を持ち合わせない。が、料理屋でこの手の器を出されたら「かんべんしてちょ」と思うだろう。まして、自分の家の食卓で使いたいとは絶対に思わない。
あまりに分かりやすく派手派手で、器が自己主張しすぎる。魯山人がデザインした当時は、ハッタリがきいて、斬新だったのだろう。今は、良くも悪くもキッチュだ。好きな人間にはたまらんのだろうが、趣味としては下品に分類されるだろう。
だがしかし「魯山人味道」で語られる「味」は本物だ。一例として「鮎を食う」というコラムの書き出しを紹介しよう。
鮎は水が清くて、流れの急な、比較的川幅の広い川で育ったものでないと、発育が充分でなく、その上、味も香気も、ともによくない。これが鮎のよしあしを決定する大体の条件である。
食べるにははらわたを抜かないで、塩焼きにし、蓼酢によるのが一番味が完全で、しかも、香気を失わないでよい。醤油をつけて照り焼きになどすれば、醤油の香りや味醂に邪魔をされ、その天稟の香気は、たちまち滅してしまう。また、そのはらわたを抜いてしまったのでは、鮎そのものの味覚価値は語るまでもないことになってしまう。
きれいな川で獲れた天然ものの鮎などなかなか口にできない現在日本でも、少なくとも鮎を食おうという人間なら、ほぼ100%が共有している「常識」だろう。養殖の鮎にしても、はらわたを抜いて、照り焼きにする馬鹿はいない。
魯山人がこの文章を書いたのは、昭和6年である。その当時は、わざわざ書く意味があったのだろう。さらに魯山人は、大きさでは五、六寸のものが旨い、生簀に3日も入れたものはやせて不味い、骨抜きなどせずに頭からかぶりつくのが旨い、などなど、現在日本の鮎食いの「常識」を並べる。最後はこうだ。
なお、ついでだから言うが、岐阜のような鮎どころでは、客の顔をみると、待ってましたとばかりに、その鮎を塩焼き、魚田、照り焼き、煮びたし、雑炊、フライと、無闇に料理の建前を変えて、鮎びたりにする悪風がある。これは知恵のない話であって、慎むべきことだ。ことに新鮮な鮎をフライに揚げるなどは、愚の骨頂を言うべきだ。
ちょっと前の人気番組「料理の鉄人」の「鮎対決」を魯山人が観たら、毒舌が炸裂したことだろう。たとえ養殖でも、新鮮な鮎がふんだんにあったなら、塩焼き以外にもいろんな料理を試したい、食ってみたい、と三鷹は思うが、これって魯山人を超えてる?(笑)
「味道」に収録されたコラムが、昭和5年から、戦争をはさんで34年に書かれていたのだと思うと、その凄さが分かる。産地のいくつかが滅び、新たな産地が生まれるなど、状況の相違はあっても、「食」について「味」についての意見そのものは、まったく古びても違ってもいないのだ。今月号の「Dancyu」やら「サライ」やらに載っていても、何の違和感も無い。
「味道」に収録された「味覚馬鹿」と題せられた警句集から二つ。
「日本人が常に刺身を愛し、常食する所以は、自然の味、天然の味、即ち加工の味以上に尊重するところである、と私は思っている」
「すべて本来の持ち味をこわさないことが料理の要訣である。これができれば俯仰天地に愧(は)ずるなき料理人であり、これ以上はないとも言える」
魯山人が言っていることは、ごくごく単純なことだ。天然の良い食材を吟味し、その良さを最大限生かすように料理せよ、と。ゆえに、地のものを旬に食うのが一番旨いし、余計な調味料を加えずに、食材そのものの味を生かす料理が最上だ、と。
単純にして真理。ゆえに最強。常々肝に銘じたく思っている。
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