林真理子「コスメティック」

(2003/06/25)

 嫁さんに「読んだら捨ててちょ」と渡された、林真理子「コスメティック」を読了。わがままで俗物丸出しの三十娘が、わがままと俗物性を全開にしつつ、棚ボタの連続また連続で、仕事も男も次々にゲットして、堂々と世をはばかっていく、というすばらしい小説。「もてない男が妹12人にちやほやされる」てな類のおたく向けエロゲーと同レベルのファンタスティックぶり。

 努力も苦労もある、と言われるだろうが、好きなことしかしていない人生における努力も苦労も、おたくのフィギュア作りやビデオ編集の苦労のようなもので、一般民間人の共感を得るのはラクダが針の穴を通るより難しい。ちなみにその具体的内容は、化粧品メーカーの広報担当者として、女性誌編集者にプレゼントをばらまいたり、女性誌編集者相手のパーティーや「お食事会」を主催したり、女性誌編集者向け海外旅行をセッティングしたり、要するに消費活動だ。何一つ生産していない。大多数の女性読者にとっては、遊びや趣味の範疇であり、「こんなことをお仕事にして、お給料をもらえるなんて夢みたい」というところだろう。小説と現実をとっちがえて「女性誌編集者」に憧れる女性読者も出現しそうだ。悪いことは言わない。あれほどヤクザ(以下自粛)

 ギョーカイがらみのデティールが妙に具体的で、かつ誇張されているのは、取材の成果をまんま作品に放り込んだ結果だろうか。その取材はしかし、担当の女性誌編集者が「こんなことがあったりするのよ」とサービス満点誇張3倍で話してくれた、という程度のものだろう。小耳にはさんだギョーカイ噂話。おもしろおかしく適度にスキャンダラスな「女の世間話」の範疇からはみ出すことはない。

 化粧品業界など、本気で取材したら、いくらでもネタは拾えるだろうに。そうだな。新色の口紅を開発するために行われる動物実験の実態とか、人間の胎児から取り出された成分を使って生産される化粧品の原材料調達方法とか、デパートでの「標準小売価格」と安売り店の価格差やマージンの謎、売り子や訪問販売員のエピソードとか。

 次々に登場する「いい男」とセックスしつつも、ヒロインの「愛」はあきれるほど不毛だが、その理由は明解だ。人間関係の基本はギブ&テイク。とりわけ恋愛関係においては、より多くギブする側のほうがより深く愛を実感することができるという逆説が存在する。しかるにこのヒロインは、テイクテイクテイクで、まるっきりギブがない。自己中心的で相手の感情には無神経。それどころか、しばしば冷笑的。数量ともに相当レベルで相手を傷つけているだろうに、たまたま自分が傷ついたとなると、全面的に相手を否定する。これじゃ愛は育たない。

 林真理子作品の愛読者像を想像するに、こんな女性だろう。今自分がやっている仕事がつまらない。不平や不満が一杯だ。どんな仕事でも一生懸命取り組めば、それなりの面白さややりがいが生じるものだが、そんな努力をする契機も意思もない。かといって辞めて新しい仕事を探すまでの情熱もない。仕事は9時5時。有給休暇はしっかりとって、安いお給料の範囲内で適当におしゃれして、お化粧して、流行のお店で食事して、もちろんダイエットもして、駅前留学して、旅行して、自分磨きをしていれば、今よりずっとマシな仕事も男もゲットできるはず。それまでは林真理子の本を読んで、夢をはぐくみ仕事のストレス解消よ、と。

 断言する。もしもあなたが上記のような女性なら、そんな夢は絶対に実現しない。ギブ&テイクで言うならば、仕事においてひたすらテイクを要求する一方で、ギブは「お役所仕事レベル」以下のあなた。多少なりともクリエイティブな職場(いわゆるギョーカイ)において、こんな女性のために空けてやれるポストは、ただの一つも存在しない。それが存在するかのごとく甘言を弄してあなたに近づいてくるギョーカイ男は、まず確実にあなたの身体目当てで、彼もまたテイク100%人間。あなたは彼の「やり捨て可能女」リストのひとりに過ぎない。

 解説の「くらたま」こと倉田真由美が「ヒロインはおそらく恋愛において成功者になれないタイプ」と明言しているのは、絶妙に正鵠を射ていて笑える。


林真理子「コスメティック」 小学館文庫 定価571円+税


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