島田一男「まぼろし令嬢」

(2004/09/24)

(ネタバレ含有です)

 ヒロインは南条マユミ18歳。日本有数の法律学者・南条博士の一人娘。母親はマユミが幼いときに亡くなっている。兄がわりの従兄弟・近江小四郎は、警視庁詰めのエリート新聞記者だ。

 物語の冒頭はまさに伝奇小説。平安時代、京都三条河原で稀代の女賊「当麻の水仙尼」が処刑される場面から始まる。左手の甲に赤い水仙の花の形のアザを持つ水仙尼は「紅水仙よ、二人の乙女の血潮で清められるまで永久に咲きほこれ」という呪いの言葉を残して息絶える。

 舞台は変わって現代の東京。南条父娘と小四郎が「全国舞踏競演会」が開催される劇場を訪れる。コンクールに参加するバレエ団の一つ、ニコニコ劇団の「妖女紅水仙」という題目に南条博士が疑念を抱く。かつて自分が弁護した犯罪者・当麻一作の仇名が「紅水仙」だったのだ。仇名の由来は、一作の左手にときおり浮かび上がる赤い水仙形のアザである。そのアザが、ふだんは物静かな男である一作を、大胆不敵な「怪盗」へと変身させる。だが一作は、腹心の子分たちに裏切られて官憲に逮捕される。子分は四人、上海の虎、海坊主の三吉、七化けお駒、ニコニコ伝八と、それぞれ時代小説じみた通り名を持つ。このニコニコ伝八こそが、ニコニコ劇団の団長である。一作は子分たちの罪もすべて背負わされ、裁判途中に獄中で死んだ、と博士は語る。

 「紅水仙」の舞台で主役を踊る男装の美少女・若草玉代は、赤白二色に変化する宝石を身に着け、白では清楚な乙女、赤では残虐な悪女を演じ分ける。まさに紅水仙の二重人格性を表現している。その宝石が、かつて当麻一作が来日中のインドの王族から盗んだ「二色ダイヤ」であると南条博士は見抜く。と、舞台で突然火災が発生し、混乱の中、黒装束の怪人物が玉代のダイヤを奪う。

 怪人物の正体はマユミ。当麻一作の因縁話を聞いているうちに、マユミの左手の甲に初めて紅水仙のアザが出現する。激しい衝動にかられたマユミは、楽屋に忍び込んで舞台衣装で変装し、偽火事を起こしてダイヤを奪ったのだ。翌朝、本来の自分として目覚めたマユミ。夢を観ていたような心持ちながら、変身中の記憶はしっかり残っている。マユミは「紅水仙」の名前で玉代に謝罪の手紙をしたため、二色ダイヤをインドの王族に返送する。

 この事件を発端に、マユミが悪を憎む衝動にかられるたびに左手に紅水仙が出現し、マユミは「怪盗紅水仙」またの名を「まぼろし令嬢」に変身し、当麻一作を裏切った四人の悪事を暴き、復讐していく。

 賢明なる読者諸氏はすでにお気づきだろうが(笑)、マユミの実の父は当麻一作である。生まれてまもなく、産院で火事騒ぎがあり、南条博士の娘と取り違えられてしまったのだ。その秘密を知るのは乳母のお時ただ一人である。真の南条家令嬢は若草玉代。ニコニコ劇団は、伝八とお駒が身寄りの無い少女たちを買い集めて作ったバレエ団で、人さらいサーカス団伝説を地でいく児童虐待組織。そんな悪の組織にいながら、心優しい玉代は身を挺して少女たちをかばい、姉と慕われている。

 ………というようなお話。センチメンタルな少女小説と猟奇的な探偵小説の世界が渾然一体となっていて、後世の少女怪盗ものや、変身ヒロインものの原型が見い出せる。

 ヒロイン・マユミの令嬢っぷりが堂に入っている。父親の社会的ステイタスや洋館くらいまでなら、現在の少女まんがやアニメも押さえているだろうが、さらに「乳母」ですぜ。赤ん坊のマユミを育てた乳母お時(お**なる呼称からしてイイ!)が、そのまま使用人として家に同居していて「ばあや」と呼ばれている。

 もう一つは「馬」。マユミの左手に紅水仙が出現しているときに、小四郎が訪ねてくる。左手を手袋で隠して不自然ではないファッションとして、マユミが選んだのは乗馬服だ。乗馬服をクローゼットに常備している「お嬢さま」が日本に何人いるだろう? もちろん馬本体?もいる。自宅のすぐ近くに馬場があり、愛馬ハツシモがいる。「初霜」という名前の通り、純白の駿馬だ。台風の中、マユミを乗せて有楽町まで突っ走り、倒壊するニコニコ劇団事務所からお駒を間一髪で救出する。(そこにお駒を監禁、放置したのもマユミなのだが)

 伝八によって正体を暴露され、官憲に捕らわれるマユミ。「自首してトラピスト修道院に入る」などと、お嬢さまらしいボケをかましていたマユミだが、伝八が犯した複数殺人の罪も着せられ、死刑判決は確実である。頼みの南条博士は、マユミが実の娘ではなかったばかりか、怪盗紅水仙だったと知り、怒りと絶望のあまり勘当ひきこもり状態。そんな中、玉代は、ニコニコ劇団の少女たちとともに盛り場の街頭で「紅水仙」を踊り、マユミの無実を世間に訴える。このあたりは、もう少女小説的センチメンタリズム全開で、満都の紅涙を絞りまくるところだ。

 最後に、昭和20年代を実感させるセリフを紹介。江の島のホテルの仮面舞踏会でスリを働き、東京へ戻るお駒の車を、小四郎はタクシーで尾行するが、追いつけない。そこで運転手。「ちくしょうッ、旦那、相手はガソリン車らしい。あッしの車は木炭車だ…」


「まぼろし令嬢」 島田一男 著 伊勢田邦彦 挿画 偕成社 1968年4月25日発行(再刊)
(富国出版社「少女世界」1950年4月号から51年5月号まで連載。単行本初刊は、偕成社 1951年7月30日発行)

※伊勢田、澤田両画伯のすてきな挿絵を「食堂写真帖」にて紹介しておく。


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