「日本のシンドラー」はもう止めよう

(2005/02/10)

 「日本のシンドラー」と呼ばれたのは杉原千畝。1940年、リトアニアの領事代理だった杉原は亡命ユダヤ人にビザ数千通を発行し、ナチスの迫害から救った。いわゆる「命のビザ」事件である。杉原の動機や背景事情については、さまざまな論がなされているようだが、はっきりしていることは一つ。日本はドイツ、イタリアと同盟関係にあったが、ナチスの人種主義には与しなかったし、ましてホロコーストには加担しなかった。日本人が非白人であることを考えれば当然だろう。ちなみにイタリアのファシスト政権もホロコーストに関しては無罪だ。

 オスカー・シンドラーはナチス党員だったにもかかわらず、ユダヤ人を助けた。杉原を「日本のシンドラー」と呼んで両者をいっしょくたにすると、日本=ナチスという単純化が起こりかねない。実際、サヨ方面の論はまさにそれ。「ナチスに同調してユダヤ人迫害政策をとっていた日本政府の意に反して、杉原はビザを発行し、そのことが原因で、後に外務省を追われた」というもの。それに対して、4年後の1944年に杉原が叙勲されていること、外務省内の昇進が順調だったことなどが、反証として挙げられている。

 ところでもう一人「日本のシンドラー」が出現した。布施辰治というひとである。自分が読んだのは「茅ヶ崎方式英語教本」の2005年2月号だが、和訳部分を以下引用紹介する。

「韓国政府は、日本の朝鮮半島植民地統治時代に、朝鮮の独立運動に寄与した日本人弁護士、布施辰治氏に没後ではあったが勲章を授与した。
火曜日(12月21日)東京の韓国大使館で、建国勲章授与式が行われ、布施氏は日本人として初の受章者となった。この式典には布施氏の孫の大石進氏が出席した。布施氏は、朝鮮人を支援したことで投獄され、弁護士資格も剥奪された。布施氏はナチスドイツによって迫害されたユダヤ人を助けたドイツ人実業家、オスカー・シンドラーになぞらえてよく「日本のシンドラー」と呼ばれている。(以下略)」

 布施辰治は明治末から昭和20年代にかけて労農派の弁護士として有名だったひとらしいが、1933年に投獄されたのは新聞紙法違反・郵便法違反で、39年には治安維持法違反で服役している。要するに当時非合法だった共産党シンパの嫌疑をかけられたのであり「朝鮮人を支援したことで」というのは正確では無かろう。(「アカだったからぶちこまれて当然だった」と主張しているのではない。念のため)

 韓国側が布施を「日本のシンドラー」と呼ぶ意図は、説明するまでもない。日本をナチスドイツになぞらえると同時に、韓国人をユダヤ人になぞらえ、「日本は韓国に対してホロコーストに等しい大罪を犯した」と主張せんが”ためにする”呼称であろう。

 こんなものに日本がお付き合いする必要はこれっぽっちもない。で、この際、杉原千畝も含めて「日本のシンドラー」なる呼称は今後一切止めないか、というのが三鷹の提案である。ナチスと無関係な「シンドラー」などナンセンス。まして布施辰治のごとくユダヤ人とも無関係ならば尚更のことだ。


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