マイブーム川端康成

(98/06/02)

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」という書き出しは、小学生でも皆知っていて、クイズの材料にさえならなかった。最近の子らはともかく、三鷹の子供の時分はそうだった。川端康成が「雪国」他の作品でノーベル文学賞をとったのは1968年、69歳の時だ。ちなみに三鷹は9歳。川端と三鷹はちょうど一回り違ってて、二人とも己亥(ツチノト・イ)。どうでもいいけどさ。今や熱烈な川端ファンになってしまった三鷹としては、ちょっと嬉しかったりもする(笑)

 ちなみに、当時の日本人にとってのノーベル賞は、すばらしい価値があったように思う。ステイタスとしては、オリンピックの金メダル十個分に相当したんじゃないか? その後三十年、玉子の値段はさほど変わらないが、ノーベル賞の価値は確実に下がった。数年前、大江健三郎がゲットした頃には、川端の時の十分の一くらいに下落していたと思う。少なくとも日本の小学生的には。

 その「雪国」の書き出しは小学生でも知っていたが、本編を読んだ奴は、三鷹の周囲には一人もいなかった。書き出しからして、学校図書館の少年向けリライト物の定番であるドイルや乱歩のような面白そうな話だとはとても思えなかったという理由が何よりも第一。せっかくドラマチックなイントロを演出しておきながら、トンネルを抜けた先が、単に「冬の新潟」でしかなく、冒険も、殺人などのショッカーも、その予感さえ提示されていない小説に、食指をそそられる子供はいない。

 「雪国」は、いわゆる「名作文学全集」のような、子供向けのリライト版も出なかった。さらに、内容を親や教師に訊いても教えてもらえなかった。中学の国語、高校の日本文学史のテキストにも川端や「雪国」は当然記載されていたが、具体的にどういう内容の小説なのかは今一つ明らかではなかった。

 今じゃその理由が良く分かる。要するに、東京の舞踊評論家が越後湯沢に遊びに来て芸者を買う話だからだ。そういう「大人の話」を子供に読ませて、当然発生するだろう質問に答える用意が、教師など大人にはできていなかった、ちうことだ。

 試しに「雪国」の一部を現代国語の読解問題にしてみようか。

例文:「島村は退屈まぎれに左手の人差し指をいろいろに動かして眺めては、結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えてゐる、はつきり思い出さうとあせればあせるほど、つかみどころがなくぼやけていく記憶の頼りなさのうちに、この指だけは女の触感で今も濡れてゐて、自分を遠くの女へ引き寄せるかのやうだと、不思議に思ひながら、鼻につけて匂ひを嗅いでみたりしてゐたが」

問題1:この島村の左手人差し指が、「これから会いに行く女をなまなまし覚えてゐる」というのは、島村がかつてこの「女」に対してどのような行為をしたことを示しているのか、具体的に述べよ。

問題2:その指が「女の感触で今も濡れてゐ」るというのは、「女」の身体のどの部位に指が触れた結果によるものか、具体的に述べよ。

問題3:島村が幻想した「匂ひ」とは、いかなるものか、次の中から一番近いと思われるものを選べ。

1.グリーンフローラルの香り
2.さっき食った弁当のタクアンの匂い
3.降ったばかりの雪の清純な匂い
3.小便の匂い
(以下略)

 教室でやったら、面白すぎて授業にならないだろうし、学校によっちゃ「セクハラ」問題を引き起こすかもしれない。

 ところが、最近また「雪国」その他の川端作品を読み返したところ、彼の作品は単に「大人の話」であるのみならず、かなり歪んだ女性観と奇妙な行動様式を有する男の話であることに気がつくに至った。川端作品の主人公は、少年であっても、老人であっても、皆、世間一般の常識とは相当に離れた周辺的キャラクターである。あらためて川端康成に対する興味がわき起こり、新潮文庫版を中心に、彼の作品のあれこれを読み漁ってみた。

 設定だけ記すと、とんでもない小説が多い。顔も知らない同居女性の死体を大学医学部の解剖用に売り飛ばす話(「死体紹介人」)とか、女生徒と関係して学校をクビになった教師が見ず知らずの女性をストーキングする話(「みずうみ」)とか、インポの老人を顧客に薬で眠らされた裸の美少女との一夜を提供する会員制クラブの話(「眠れる美女」)とか、何というか、面白すぎてまともに論評できない。この作家は、実に、創作精神の根本から表現手法の末端まで、さまざまなレベルで歪んでいるのではないか、と思うようになった。無害な青春小説と誤解されている「伊豆の踊子」にしても、要するに、自意識過剰のロリコン学生が、年端のいかない少女を尾け回す話だ。

 かくのごとく、いろんな意味でヤバい川端康成という作家が、なぜこのような作品を書き、ある時期の日本文学を代表するかのごときポジションを獲得し、さらにノーベル文学賞をゲットするに至ったのだろうか? そんなことを考えているうちに、三鷹はすっかり川端文学にハマってしまった。「マイブーム川端康成」と題し、個々の作品についての論考を通じて、川端の実像に迫ってみたい。

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