ゴー宣「戦争論」は凄い
(98/08/05)
小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論」(幻冬舎)のことです。一読してぶっとんだ三鷹は、三鷹食堂掲示板に、こんなMSGを書きました。
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ゴー宣「戦争論」 投稿日 6月30日(火)02時11分 投稿者 管理人
さっき読み終えました。
確かに凄まじい作品です。「核兵器」と呼ぶにふさわしいかもしれない。98年後期の話題作としてとりあげられ、ベストセラーになるのは確実でしょう。
こういう作品がまんがというメディアで創られたこと自体、確実に衰退しつつある、かのジャンルの希望とも言えましょう。
「ゴー宣「戦争論」の凄さ」 投稿日 7月8日(水)03時19分 投稿者 管理人
端的に言えば「戦争にはプラス面がある」という事実を、市民社会の常識として、正々堂々と述べたところが、鋭くもまた凄い。三鷹がこうした言説を読んだのは初めて。おそらく読者の大多数も初体験だっただろうと想像します。
逆に言えば、三鷹たちが生れ育った「戦後日本」の言論空間は、こうした言説を絶対不可触のタブーとし、徹底的に排除することによって初めて成立しえた「教室」であり、その卑小さと脆弱さは「幼稚園のお遊戯場」に等しかった。この本はそのことを思い知らしめた。ゆえに衝撃的だったのだと思います。
もう少しすれば、ディープインパクトによる効果がハッキリ目に見えるようになるでしょう。
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発売後2ヶ月足らず、今この文章を書いている8月5日の時点で、ゴー宣「戦争論」はすでに20万部を突破、30万部に迫っているようです。生鮮食料品的ベストセラー(「ダディ」とか(笑))のような爆発的ヒットではありませんが、着実に部数を伸ばしています。この手の出版物にしては、相当に動きが早いとも思います。
なぜゴー宣「戦争論」がヒットしたか、その理由を三鷹なりに考察すれば・・・
現在、大多数の日本人が感じているであろう、漠然たる不安定な感覚の原因を、的確に突いたこと。端的に言えば「国際社会」(要するに「諸外国とのおつきあい」のこと)における、「日本」の座席の座り心地の悪さへの不満です。「なぜ日本はやたらに金ばかり出させられ、それに応じた発言力を持つことができないのだろう?」「なぜ日本は、中国や韓国などアジア諸国に対して、いつまでも負い目をしょわせられているのだろう?」等々。景気が良かった時分は「金持ち喧嘩せず」的に「ま、どうでもいいや」と思っていたのが、景気が悪くなって実感せざるを得なくなったのかもしれません。
「国際社会」における現在の日本の基本的地位は、半世紀前の戦争の結果、定められたものです。その席決めがはたして正当であったのか? ・・・というのが小林の疑問であり、「現在の日本人は戦前戦中の日本人=自らの父祖を正当に評価しているのか?」という、読者にきわめて身近な問題提起として、具体化します。
それは必然的に、つい最近まで日本国内において「メジャー」だった左翼進歩派による、明治以来の日本近現代史の解釈に対する、徹底的な批判として展開されます。
左翼進歩派の史観、歴史解釈によれば、戦中の日本人は「従軍慰安婦」に象徴されるように好色きわまりなく、「南京大虐殺」に象徴されるように残虐であり、「対米宣戦布告」に象徴されるように愚かだった・・・らしいです(笑)
その左翼進歩派の期待するところでは、敗戦後の日本は「不合理」で「遅れた」天皇制を廃止し、「近代的」な共和制から、「進歩的」な社会主義=共産主義体制に「進歩」するはずでした。ところが彼らの意に反して、敗戦後も日本人は常時「天皇制支持率80%以上」をキープし、逆に社会主義の方は1億人以上の死者(中国の文革だけで2千万人)という多大な犠牲を払った挙げ句、無残に崩壊してしまいました。
こうした左翼進歩派の極めつけは、事実の裏付けを欠いた虚構でした。「証拠があろうが無かろうが、日本が悪くなかったはずがない」と主張せんがための、まさに「ためにする非難」でした。そのことが明らかになったのは、実はここ数年のことです。そのへんの事情をも、ゴー宣「戦争論」は的確に指摘しています。
三鷹が思うに、戦中の日本人は、現在の日本人とさほど変わらぬ程度に好色で残虐で愚かであったでしょう。そして、現在の日本人が失って久しい美徳を持っていました。その美徳をいくつかの言葉で表せば、禁欲、謙譲、矜持の3K。指導者層においては、それに高潔と献身を加えて5K。戦場における武勇と忠誠も失われた美徳です。
ちなみに、この3Kの逆を言えば、食欲や性欲の全面肯定、私的権利の徹底追求、国民としての誇りの喪失、ということになりましょうか。指導者層すなわちノブレスなる概念など想像することさえ不能な、まさしく現在の日本人の姿です。
こうした日本人に対して、「今の自分が、はたして本当に望ましい自分なのか?」と、真っ向から苦言を呈したのが、ゴー宣「戦争論」だったとも言えましょう。で、「余計なお世話様」と拒否するかと思いきや、「よくぞ言ってくれた!」というのが読者の大多数の反応であるようです。日本人も、まだまだ捨てたもんじゃありません(笑)
ゴー宣「戦争論」に対して、左翼進歩派サイドからは「日本が過去に行った侵略戦争を正当化するものだ」てな批判がなされているようです。こうした批判は、しかし、単に言葉を並べるだけでは有効とは言い難いでしょう。ゴー宣「戦争論」は、「日本が過去に行った戦争は、今まで不当に評価されていた」と、論拠を示して堂々と主張しているのですから。
まだまだ売れますよ、この本は。
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