ビニールが窒息させたまんがブーム
(98/10/16)
「まんがが売れなくなった」てなことが言われ始めて何年か経った。今の出版界の相当部分は、実はまんがによって支えられている。一見、まんがとは無関係な雑誌や単行本も、版元がまんがの稼ぎで潤っているから、それ単体では赤字でも何とか出せているものの、まんががぽしゃれば廃刊を余儀なくされる、というケースもある。ゆえに、まんがの衰退は出版界全体にもかかわる大問題なのだ。(と、とりあえずはきめつけておこう)
表層的には、一番の原因はここ数年の少年ジャンプの急速な没落。「まんが雑誌が各社合わせて全体でどれだけ売れたか?」てな数字が、業界の盛衰を端的に示す指標となっているのだが、毎年毎年百万部近く部数を落とす週刊誌のマイナス分をフォローするには、前年比百万部プラスの月刊誌が4誌から5誌必要になる。ンなこと出来っこなかろう(笑)
問題はしかし、さらに深いところにある。「まんがが全体的につまらなくなった」という根本的問題は、とりあえず棚上げ。「日本映画やTVドラマに比べれば、まだまだ相当に面白い」と言い訳しておこう。
まず、雑誌が増えすぎたこと。三鷹が中学生だった四半世紀前、中学生の男の子が読むまんが雑誌は、週刊誌がJMSCKの5誌、隔週誌月刊誌を併せても十数誌だった。現在はその倍から3倍ある。増刊の類を併せればさらに倍かもしれない。雑誌のすべてに目を通すのは不可能に近い。ある雑誌に面白いまんがが載っていても、大多数の読者の目に止まらない場合がある。こうした事情はしかし、四半世紀以前もさほど変わらなかったが、コミックス(単行本)での再評価が可能だった点が違う。
ある雑誌で人気を博したまんがは、コミックスとなる。それが書店店頭に並べられる。四半世紀以前は、読者はそれらコミックスを、自分の手に取って内容を確認することができた。書店によっては、立ち読みで丸々一冊読了することさえ可能だった。そうした行為によって、読者は、雑誌掲載時には見逃してしまってたまんがを再評価し、価値を見極めた上で購入することができたのだ。
ところが、ここ十年ほどで急速に全国書店に普及した、立ち読み防止のためのビニール包装が、コミックスによる店頭でのまんが再評価を不可能にした。読者は、自分が読んでいる雑誌であらかじめ内容を確認した以外のまんがを、安心して購入することが出来なくなってしまったのだ。
ここで相対的に有利なのは、すでに人気を確立したベテラン作家だ。彼/彼女が現在連載している雑誌を読んでいない読者であっても、作家の名前を頼りにコミックスを買うことができる。一方、雑誌での人気しか獲得していない新人作家は、店頭でフリの客を掴むチャンスを逸する。
ベテラン作家の多くは、やがて時代から乖離し、次第次第につまらない作品しか描けなくなる。これは昔も今も変わらない。だが、コミックスが作家の名前を頼りに買われるケースが多くなった結果、こうしたベテランの陳腐化が、まんが一般の現象であるかのごとく誤解され、まんが一般が「以前ほど面白くなくなった」とのイメージが生じてしまったのではないか、と思う。
もしも、巨大なまんがマーケットを21世紀以降も維持していきたいと考えるなら、今すぐコミックスからビニールをはがすべきだ。今ならまだ、間に合うかもしれない。ビニールで窒息させられていたコミックスが、息を吹きかえすかもしれない。
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