宮部みゆき「燔祭」「クロスファイア」
(98/11/25)
「視線で人が殺せたなら、世の中は死体の山が築かれるだろう」と誰かがどこかで書いていた。今回、宮部みゆきが創造したヒロインは、思念で人間を焼き殺すことができる超能力者だ。中編「燔祭」(「鳩笛草」に収録)と、その続編である新書上下巻の長編「クロスファイア」という、ちょとアンバランスな連作構成。
「燔祭」の主人公は、高校生の妹を不良少年グループに惨殺されたサラリーマン。少年グループは、通りすがりの女性を車で轢いて重傷を負わせ、拉致した上で山野に捨てて死に至らしめるという、「遊びとしての殺人」を繰り返してきた。彼らは仲間内で犯行を吹聴さえしているのだが、「少年法」うんたらと「人権」うんたらの厚い壁に守られて、警察は手が出せない。それどころか逆に、横暴な警察により人権を侵害された被害者として、一部マスコミに持ち上げられてもいる。
鬱屈した思いを胸に抱く主人公の前に、ヒロイン・青木淳子が現われる。法律が不能な裁きを、少年たちに下すために。「わたしは凶器になれる」「拳銃みたいに。あいつを狙って撃つことができる道具になれる」と淳子は言う。そして・・・というストーリー。自分自身を「装填された銃」と形容する淳子のイメージは、強烈なまでに新鮮だ。
「クロスファイア」の主人公は淳子自身。彼女が犯罪少年たちを追い詰めて行く前半部と、法律が裁きえぬ犯罪者を裁く「ガーディアン」なる組織と淳子とのかかわりを描く後半部という、2部構成のストーリーが主軸で、それに女性刑事を中心とした警察サイドのストーリー、発火能力を持つもう一人の少女のストーリーなどが絡む。
「燔祭」の主人公を淳子ではなく、被害者の兄にしたのは、二人が協同して行う復讐に、疑似恋愛的彩りを添える効果を狙った他、被害者の身内に肉声で語らせることにより、被害者サイドの悲劇をよりリアルに描写せんがため。また何よりも、能力者ではない「一般人」の目を通じて淳子を描くことにより、ヒロインの非日常性(神秘的で魅力的であると同時に、相当レベルの異常性を纏ったヒロインでもある)を、より鮮やかに演出する効果があった。
エンターテイメント的なおもしろさが一番味わえるのは「クロスファイア」の前半部だろう。発火能力とそれを使用する独特の「信念」を持つ以外は、外見も生活も世間一般の独身OLとほとんど変わらない淳子が、警察はもちろん、いかなる組織の後ろ盾もなく、誰の助けも借りずに完全な独力で、猟犬が獲物を追うように、犯人を追い詰めて行く。痛快である。銃で撃たれて傷を負っても、警察の介入を避けるため、病院には行かずに、根性(?)だけで治してしまう。ストイックでタフな私立探偵を主人公とした古典的ハードボイルドのような趣もある。女性を主人公としたハードボイルドを描くのに、なるほど、こういうやりかたもあったのか、と感心した。
それだけに「ガーディアン」登場以後のストーリーの物足りなさ(あくまで相対的なものだが)が惜しまれる。「ガーディアン」とは、超能力者を中心に、警察や政財界にも広くメンバーがいる秘密組織で、法律が罰しえぬ犯罪者を、自殺や事故にみせかけて葬っている・・・と。「終戦直後の米兵の横暴に対抗するため組織された」てなルーツも断片的に語られるのだが、全貌が把握できない。どうも作者自身、どういう組織なのか明確にイメージできずに描いているようなのだ。
三鷹が想像するに、淳子一人を描き切るだけでは連載が保たなかったのだろう。淳子の活躍を描くには、より強大な「敵」を次々に登場させないと話がダレる。敵の強大化に併せて淳子をスーパーヒロイン化させざるを得ない。また「燔祭」でも描かれていた淳子の異常性に対し、読者が適切な違和感を通り越して嫌悪感を感じてしまう事態を回避するため、「敵」は単に強大であるだけではなく、淳子の異常性が霞むほど異常で邪悪な存在へと、これもまたスーパー化させる必要が生じる。神か悪魔のようなヒロインが、同じく神か悪魔のような「敵」と戦うという、「デビルマン」みたいな話になってしまう。「日常の中の非日常」という、宮部が得意とするテーマから果てしなくズレていかざるを得ない。
そうした事態を回避する仕掛けとして、「ガーディアン」を持ち出し、その一員である超能力青年と淳子との恋愛をモチーフにしたのだと思うが、うまく機能したとはとても言えない。逆に、陰謀論じみた大道具を不用意に持ち込むことにより、ただでさえリアリティを確立するのが難しい超能力テーマの「危うさ」を際立たせてしまう結果を招いたように思う。
これはしかし、宮部作品というより、エンターテイメント作品一般に共通する問題かもしれない。「デビルマン」タイプを好む読者は一定数いるし、こちらのほうが「量産」はずっと容易い。そうした安直な方向に走らない宮部をこそ、宮部ファンは支持するのだろうが。
スティーブン・キングの「ファイアスターター」が下敷きになっているが、パクリでないのは言うまでもない。「ファイアスターター」の主人公チャーリーのような少女が、たとえばこんな風に成長する可能性もあったのではないか、と作者が想像するところから生まれたキャラクターが、淳子なのだと思う。淳子が「ガーディアン」で使用するパスワードが「ファイアスターター」であるように、作者はそのことを隠すどころか顕示している。オリジナリティーに絶対の自信があるからだろう。
「燔祭」「クロスファイア」併せて一気読み保証作品。未読ならばすぐ読むべし。
「鳩笛草」「クロスファイア」上・下 カッパ・ノベルス 光文社
「ファイアスターター」 新潮文庫
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