なぜ本を捨てられないか?
(99/04/01)
昔は本当に本を捨てられなかった。他の事物とは異なり、本には魂が篭っているような気がして。全部読まずにほったらかしにしてる本よりも、すでに読んでしまった本のほうが、魂の含有率が高いような気がしてた。「読む」という行為を通じて、自分自身の魂のいくばくかを注入しているような、そんな気でいたのだな。まだ読んでない本は、捨てるのはもったいない。読んでしまった本も、読書を通じて魂を入れてしまったから、捨てられない。必然的に「蔵書」量がどんどん増えていった。
三鷹が経験的に学んだところによれば、本の収納に一番効率が良いのは、幅90センチ、高さ180センチのスチール製の本棚だ。薄い鉄板を、強度を持たせるために立体的に折り曲げて構成した部品を、組み上げて作る本棚で、一台2、3千円ほど。家具だと思うと馬鹿みたいに安い。以前はボルトとナットで組み上げたが、最近のものはハメ込み式になっている。より精度が高くなったからだろう。以前のものは、力づくでハメ込み、ボルトでギチギチに締めつけなければ、キチンと組み上がらなかった。最近のものは、そんなことはない。手順通りにすれば、腕力の無い女性でも、簡単に組み立てられる。
この本棚の一棚を、手前と奥との二重にしてギッチリと本を詰めると、文庫や新書なら700冊が収納できる。ハードカバーなら半分だ。学生時代の三鷹の「蔵書」は、このスチールの本棚2台だった。1台500冊として、約千冊だったと思う。
学生時代はまだ「お金」という制約があった。欲しい本を全部買ってたら生活が成り立たない。本当に買って読みたい本や、学業その他で必要な本をセレクトし、図書館や研究室で読めるものはそれで済ませていた。
給料取りになってからは、経済的制約が外れた。いっぽう、仕事に追われ、四六時中本を読んでられなくなったので、時間的制約が発生したのだが、それでも本はどんどん増えていった。最初の5年で、本棚が5台になった。次の5年で8台となった。年に300冊ペースで増加していった計算となる。
結婚が転機だった。この時点で本棚は9台に増えていて、収納し切れない本が床に平積みになっていた。結婚し、新居を構えた際に、嫁さんが提示した条件は「本棚を6台に減らすこと」だった。血の滲むような交渉の結果、「7台」との譲歩を獲得した。で、約3台分、1500冊ほどを整理することになった。1000冊は涙を飲んで、ちり紙交換に出した。
古本屋に売ればいくばくかの金になっただろう。しかし、三鷹はそれまで一度も古本屋に本を売ったことがなかった。ゆえに偏見があった。何百冊もの本を車で運ぶなりの苦労をして古本屋に持ち込んだ上、こすっからい親父に、嫌味を言われ買い叩かれる…てな。嫌な思いをして雀の涙ほどの金を手にするよか、いっそ全部まとめてちり紙交換に出し、再生紙として新たな人生を歩んで欲しいと思ったのだなあ。
500冊ほどは貸し倉庫に預けた。段ボール箱10箱で、箱代と宅配便代が一箱700円てなとこだっただろうか。預り賃は一箱1ヶ月200円。一見安いようだが、消費税込みで年25200円となる。これが高いか安いかは、評価する人間個々の、人生のアレコレに関する価値判断の問題となるだろう。
三鷹が預けた500冊は、けして高い本じゃない。単純に新刊時の定価を比べて平均を出したら、ちり紙と化した1000冊のほうが、倍近くになっただろう。500冊の大半は早川や創元のSFやミステリで、文庫や新書ばかりだ。三鷹が人生のある時期に、もっとも濃ゆく魂を注入した本が、この500冊だった、と言えるのかもしれない。
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