英語について

(99/06/28)

 「英語で遊ぼ」を論評したついでに「日本人にとっての英語」について、三鷹が日頃思っていることを書き記しておこう。

 日本語には「共通語」がある。以前は「標準語」と言った。東京の山の手方言をベースにしたもので、NHKのアナウンサーが話しているような言葉だ。だから日本人の多くは、英語にも「標準語」があるだろうと思い込んでいるが、そんなものは無い。

 イギリスでは社会的階級があり、貴族、中流、労働者でそれぞれ言葉が違う。同じ労働者でも、スコットランド、ウェールズと「国」が違えば、言葉も違う。アメリカでは、人種、民族、地方によって多種多様の言葉があり、どれが正しいとか間違っているとか、決めつけることは「政治的に正しく」ない(笑) カナダ、オーストラリア、南アフリカその他、アングロサクソンをエスタブリッシュメントとする国はいろいろあるけれど、言葉はそれぞれに違う。

 英語に「標準語」が無くなった理由として、「政治的正しさ」とは別に、つづりと発音が一致しなくなって数百年の年月を経てしまった、ということが挙げられよう。「KNIGHT」という単語は元々は「クニグゥト」てな発音に対応して、そのようにつづられたはずだ。それを一般に「ナイト」と発音してしまう以上、どのつづりをどんな発音で読まれても、正す理屈が立てられない。

 ロンドンの下町方言であるコックニーでは、使用人が女主人に直接呼びかけるのに「ミライディ」と言う。要するに「MY LADY」ということだ。標準的に「マイ レディ」と発音するより、「ミ ライディ」のほうがつづりに忠実であることが分かるだろう。オーストラリア英語の挨拶、「グッダイ」も同様。「DAY」は「デイ」と発音するより、「ダイ」と発音するほうがつづりに忠実だ。

 日本で「アメリカ英語」として教えられているのは、中西部方言で、具体的にはシカゴあたりの言葉なのだそうだ。シカゴの大学では言語学研究が盛んで、第2次大戦中、敵国である日本の言語を分析し、暗号解読などに活躍したのもシカゴの研究者が多かった。そうした連中が、戦争終結後、日本へやってきて翻訳作業に従事した。で、彼らが敗戦国民たる日本人に伝えた「シカゴ弁」が、「標準アメリカ英語」として通用するに至った、とのことだ。

 日本人が「アメリカ英語の正しい発音」を徹底すればするだけ、「シカゴ弁」に限りなく近づいていく、ということになる。事情を知らないアメリカ人が聞いたら、「なんや、おまん、シカゴのひとだべか?」と誤解するだろう。

 どうせ誤解されるのなら、と、元祖本家本元を志向するのも日本人にありがちなこと。そこで「イギリス英語」が隠れたブームとなる。いわゆる「クイーンズ・イングリッシュ」、要するに「ブリテン貴族弁」ね(笑)

 それはそれで一つの選択だと思うが、アメリカのメディアにおいて、「イギリス英語」を話すキャラクターが、しばしば「悪役」をあてがわれる傾向があるということも知っておいたほうがいい。ディズニーのアニメ映画「ライオン・キング」で、主人公の父親を弑して王座をゲットした悪者ライオンがしゃべっていたのが「クイーンズ・イングリッシュ」だった。

 さて、以上のあれこれからして、日本人は「日本英語」で十分じゃないか、と三鷹は思う。少なくとも出身地を誤解される心配は無い(笑) で、日本英語特有の事情(RとLの区別が無いなど)が問題になる局面に限って、「標準」に近い発音を心掛ければ、実際的な不便は無い。

 よく例に出される米(RICE)とシラミ(LICE)が混同される例など、まず絶対に有り得ない。日本人の観光客がアメリカのレストランで「ライス」を注文し、皿いっぱいのシラミを出されたら、迷うこと無く腰の大刀を抜き放ち、ウェイターとコックを無礼討ちに斬って捨てればよろしい(笑) 「政治的正しさ」にのっとって、絶対に無罪である上、遺族に賠償金を払わせることさえ可能かもしれない。

 そこまで極端でなくとも、「**風」の英語をひたすら正確に発音しようと努力している日本人は、英語を母語とする人々の目には、限りなく猿に近く見えている可能性がある。「芸」として喜ばれる場合もあるだろう。日本でも、東北弁を流暢に話す白人タレントがいるが、彼のキャラクターが、単なる「珍妙なガイジン」から離れて、正当に評価されるようになったのは、ごく最近になってからであるように思う。


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